前回、「反復するイメージ」について書きました。
みなさん、ついてこれていますか?
あのあたりが、一つの壁です。
このあと、芸術新潮では、
現像の話になってゆくんですが、
富士フィルムさえ、白黒フィルムの製造中止を発表しましたから、
ちょっと無理がある話かもしれませんね。
なので、エッセンスをくみ取って、
私なりにまとめてみます。
この中で、森村泰昌氏がうけた、
写真の基礎の授業での衝撃を読むことができます。
詳細は省きますが、彼の暗室は極めて清潔で、
もう、宇宙船みたいな世界です。
使うパレットやバットが、
ステンレスのよいものだったりするわけです。
これは、すべてに理由があります。
プラスティックや質の悪いものは、
やがて傷がつき、薬品が溜まり、
思わぬ事故につながる。
ゆえに、高価な、よい材料のものを、
できるだけ使うんですね。
つまり、高いからではなくて、理由がある。
この考え方は、「モダニズム」と呼ばれるものと、
深い関連があります。
後に、この考え方で、
アーネストは大学ともめ始めるのですが、
それはまた別の機会に。
では、今となっては意味がないかもしれない、
フィルムの現像について、
アーネストの考えを書きます。
意外と示唆してくれるものはあると思いますので。
その極意は、
「ネガは薄く、焼きは硬く」
こういうところにこだわるのが、
アーネストらしいと言えます。
というのも、多くの高名な写真家は、
実は現像をしない人も多く、
そもそもできない人だったりもします。
ロバート・メイプルソープもすですし、
前回取り上げた、ブレッソンもできません。
たしか、ロバート・キャパもできなかった気がします。
焼き付け、現像などは、卑しい仕事で、
専門の職人にさせればいい、と考えるのが普通の世界です。
しかし、アーネストは違います。
その世界にまで切り込み、あえてコントラストの強く出る手法を、
学生に教えるのですね。
まあ、確かに薄いネガです。
これに、きつくコントラストの出る印画紙を使い、
これまた硬い反応のでる薬剤を使います。
しかし、これらはアーネストの好みではなく、
理由があってのことだったわけです。
それは「黒をつぶさず、ゆたかに表すため」
のことだったようです。
これを今のデジタルで考え直すと、
面白いかもしれません。
撮影後にモニターで加工できるわけですが、
その前に、そこでコントラストを強くすると、
当然色がつぶれます。
そうならないために、あらかじめ硬く準備して、
最終的には、複雑で豊かな操作を、
PCで行うともいえるでしょう。
では、それはなんのためでしょう?
そこでここに帰るのです。
「ものそのもの」に迫るためです。
表現とは、それを閉じ込めるものです。
そのために、技術を正しく使いなさい、
というのがアーネストの理論だと思います。
理由なき「直感」など存在しないのです。
直感とは、あとから理由を説明できるものであらねば、
ただの意味のない思い付きでしかありません。
当時、写真は消耗品で、
「芸術」としては扱われていなかったのです。
その詳細はここに書いていますので、よろしければ。
そんな1970年代に、
アーネストは「表現」としての、「写真」を、
模索していたのでしょう。
こういう知識は、今の時代にそぐいません。
しかし、私が思うに、機材とソフトの進化によって、
私たちが、見えなくなってしまったものを、
教えてくれるように感じるのです。
理論編はこれくらいにしておきます。
ご興味ある方は、やはりこれを買うべきです。
次回からは、大学人としてのアーネストの闘いと、
ネットにもあまり出回っていない、
彼の作品を紹介しようと思います。
ですので、続きますよ!
(どうです?スマホだろうと一眼だろうと、もう一度考えてみません?でクリック!)
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