いつものように歩いて路地を抜けたら、
ふと甘いものを食べたくなった。
信号の手前に和菓子屋があったので、
つい羊羹を買ってしまった。
しかも3本、小豆と抹茶と栗だ。
猛烈に甘いモノを食べたくなっていた。
渋い茶など要らない、
ここでむさぼり食いたいのだ。
それに羊羹を3本も持って歩く野郎はアホだ。
砂糖と澱粉が固まったこいつらは、予想以上に重い。
羊羹の重さは、不思議と手に食い込む重さだ。
それならいっそ腹に入れたほうがましだ。
腹に入れると胃にはもたれるが、手には食い込まない。
なぜだ?
そうなのか?
胃には食い込まないのか?
誰が言った?
小豆と抹茶と栗をいっきに食えば、
胃の中でそれらがぐちゃぐちゃに溶けて、
ついでに血糖値が跳ね上がり、
俺は安らぎと興奮で走りだすのか?
うっすら汗ばみ、
血色をよくして、
爽やかに挨拶でもするのか?
3本も食えば、そんなこともやりそうな気がしてきた。
そうすりゃ少しは世界も明るくなるし、
笑顔で友達だってきっとできる!
そうだ、食えばいいんだ!
俺はいい気分で、今にも走り出しそうになった。
そうだ、走れ、走るんだ。
今を逃せば走れなくなるぞ。
最後に走ったのはいつだ?
思い出せない。遠い日だ。
だが今ここにやってきた、もう一度走るんだ。
地面を蹴り、一歩を遠くに振り出せ。
重心を前に、腕を大きく振れ!
止まっていた空気を置き去りにして、目の前の空気を切り裂け。
そうすれば心臓が高鳴る。
そうあの感覚だ!
夏の日に、その年初めての水に飛び込む、あの瞬間だ!
頭に血が上り、手が奇妙に冷えているのに、体の奥がやたらと熱い。
すげえ、これが羊羹か。
羊羹って、俺を走らせるのか。
渋滞の車を踏み越えて、手すりを軽く一跨ぎ、
電車なんか待つことなく、俺が行きたい所まで一直線。
他人にぶつかる前にクイックステップ、
常に僅差ですり抜ける。
スマホに夢中な奴らには、俺が振り切った風さえ見えぬ。
なんてことだ!これが羊羹か。
路地を抜けるぞ、ビルの壁だって駆け上がる、
今や世界は俺の手の中だ。
手の中だ!
世界は手の中だとしたら、俺は何をする?
何をしたいのだ?
そうだな、サンドイッチがいい。
ハムとキュウリとマヨネーズ。少しだけマスタード。
いいかい、食ってみな。美味いぜ。まずは食ってからだ。
そう、食ってからだ。
話はそれからだ。
世界を手に入れるのも、風をつかむのも。
まずは食ってからだ。
羊羹をゴミ箱に放り込み、
俺は食うための仕事に向かう。
やっとわかった。
食わなきゃならない。
走りだすには、もう少し稼ぐ必要があるようだ。
羊羹はまた買えばいい。
もう少し、やらなきゃいけないことがある。
問題は、それが何かはわからないことだ。
いつだって、それは難しい。
とりあえずそれは後回しでいいだろう。
(若者よ!羊羹食べなさい!)