CHUFF!! チャフで行こうよ。

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詰め込み教育って大事だよ!脳への負荷を称える青さん

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詰め込み教育がどうのこうのと。

言っときますけどね、その詰め込みで

なんかそんなに入ってる人います?

 

詰め込んで破裂する脳みそなら

そもそも粗悪品なんですよ。

筋肉使いましょうよ、そういう人は。

脳みそなんて、詰め込まないとただの空のディスクです。

生まれながらに機能している部分なんて、

あなたここ数万年変わっちゃいないんだから。

 

考える力を育む教育とかいいますでしょ?

考えるというのは、その前に素材としての知識が必要なんです。

それを入れずに考えさせたら、ろくなことにならないんです。

 

ということを、青さんは隠れキリシタンから思ったようで。

あまりににも海が青い長崎から

ではさっそく!

 

 


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おらしょ、というものがあります。
いわゆる「潜伏キリシタン」が

口伝で伝えた、カソリックの祭文であります。

 

www.youtube.com

 

どういうものなのか、

私も実際に触れたことがありません。

でも文章化できなかった江戸時代。

その中を三百年弱伝わったというのは

すごいことだなぁ、と思っていたんですけどね。

 


実は私はミッション系の高校を出ております。

たしかマリア会が運営母体だったはずです。

国内の姉妹校は皆優秀なのですが、

長崎の我が母校は。。。

 

昔から、長崎では優男で勇名を馳せる高校でありました。

 

近くに女子校も多いので、何かとアレです。

 

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ミッション系の高校には、

多分どこにでも在ると思うのですが

「宗教」というカリキュラムがあります。


流石に高校時代の時間割表は手元にないのですが、

週に2コマぐらいはあったような感じがしますね。

その授業は神父が受け持つのですが、

これが当たり外れが激しかったんですよ。

 


当たりだと、いわば道徳の時間みたいなもんです。

半分寝ている間に時間が過ぎ去っていきます。


ところが外れると大変。

具体的に言えば高田神父だと大事でした。

いまだと福田さんがそれらしいですな。

 

私は新任のころを知っていますが、

昔は優しい人でしたけどねぇ。

 

高田神父。

背が高かったはずですが、

知っている人は違う記憶があるでしょう。

ジャバ・ザ・ハットみたいな人でしたねぇ。

 

 

顔立ちはきれいだったので、

痩せてればさぞやモテただろうに、

と感じたのを覚えています。


サディストだったんでしょうかねぇ。

今にして思えば、あれも洒落の一種だったのかもしれませんが、

授業の感想をノートの端から端まで

びっちりレポートを書いて提出という宿題が定番でした。

 
昔からダラダラ書くのは得意だったので、

私は別に苦になりませんでしたけどね。

 

自分で言うのもなんですが、私が一人文化系で

他は全員体育会系だったんですよ。

できないやつは凄くできませんでしたねぇ。

文字の大きさにもよるでしょうが、

原稿用紙で3〜4枚ぐらいだったんでしょう。

全部読んでチェックしていたとは到底思えませんが、

ああいうのは駅員さんの技術と同じなんでしょう。


私なんか、毎回毎回きっちり細かい字で

びっちり書いていました。

あれは読まれていなかったのだろうと思うと

残念なことです。

こいつはどうせ書いている、

と私は見込まれている人間でしたので、

そんなやつの提出物はチェックしないのです。

 

やりそうな奴は、はなから目をつけられている。

 

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誰かの書いたものを丸写しして発覚し、

それはそれは猛烈な「ご指導」を受けたやつもいましたねぇ。

彼は確かバレー部で、

カソリックの信徒だったはずですが…

で、そんな愉快な宗教の授業ですが、

マリア会というだけあって

「マリア様のお祈り」というものを覚えさせられた事がありました。

高田神父のことなので、

無論覚えやすい日本語ではありません。

Ave Maria 

gratia plena…

ラテン語です。

私は真宗大谷派ですが、

正信偈という最も基本的なお経でも、

本なしだと半分ぐらいしか覚えていません。

短い般若心経も、ふだんは無関係ですから

覚えているのは半分ぐらいでしょう。

 


そんな私ですが、

マリア様のお祈りは覚えていたんです。

先程確認してみたら、

綴はわかりませんが、音はあってました。

つまりこれが「おらしょ」なんだろうな、と。

若いうちに何度となくリズムで覚えてしまえば、

年が行っても忘れない。

これを延々と繰り返して、

明治まで生き延びたのでありましょう。

 


あべ・まりあ・ぐらてぃあ・ぷれーな・どみぬす・ていくむ…

 

と意味なんざわかりませんが口をついて出てくる。

 

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いやぁ、人間はやっぱり若いうちに

しっかり詰め込みをやっとかないといけない!

ということなんだと思いますね。


今からだと覚えるのはかなり苦労するでしょうが、

二十年以上前であれば、

普段使う機会がない祭文でも

覚えたら忘れずに頭に残っています。


若いうちの苦労は買ってでもしろ。

この場合の「苦労」というのは、

理不尽な消耗ではなくて

 

「脳に負荷をかけていけ」

 

ということなのだと思います。

別になんでもいいと思うんですが、

覚えることだけは

若いうちに全力を尽くしておいたほうがいいですね。

それが人間の土台になるわけですから。

 


せめて、文庫本一冊を読み切れる程度の読書の習慣は、

最低限若いうちに身に着けておいてほしいです。

それができるとできないとでは、

人生の潤いが随分違ってきますからね。

 

今年は残暑をあまり感じず、

9月というのに秋の夜長を感じるこの頃。

江戸川乱歩の作品を読んでいると

夜ふかししてしまうのに、

南方熊楠作品だと

いつの間にか寝落ちしているせいで、

十二支考がいつまで経っても終わらない、

浮気読書が板につきつつある私でありました。了

 

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詰め込み教育がどうのこうの言われ始めたのが

いわゆる団塊の世代

 

でもね、詰め込みは旧制高校のほうがすごいわけです。

庶民が高校行くようになって、難しいって泣き言なんですね。

それを体制と結びつけちゃうのは、当時のはやり。

もっと言えば、選挙がらみ。

 

そんな賢い人おります?

あの世代に?

 

もっと前の世代。

つまり詰め込み教育の典型的な旧教育制度では

はっきりと偉人排出しまくりですがな。。

 

何を持って偉人とするかは難しいとこですけどね。

湯川秀樹とか、はっきり偉人でしょ?

南方熊楠なんて、自力詰め込み型です。

 

詰め込んでないってのは、スッカスカってことですよ。

 

(いいんですか、スッカスカで?えー、自分らしく〜。勝手に言ってろでクリック!)

 

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