CHUFF!! チャフで行こうよ。

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「蜘蛛の糸」再読 青さんの旅

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芥川の名作といえば、

杜子春羅生門、藪の中、

とくれば、蜘蛛の糸でしょうねえ。

マニアックなところなら

ロッコとかもいいですけど。

 

まるで良い話とか思われてますけど、

あの芥川がそんな話書くわきゃないんです。

 

それを、青さんは見事に看破してゆきます。

いやあ、さすがですなあ。

 

ではさっそく!

 

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ふとしたきっかけで、

蜘蛛の糸」を読み直しておりました。 

みなさん、読まれましたか?

 

蜘蛛の糸 (280円文庫)

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するとどうでしょう。

なんだか変です。 

主人公の男は「カンダタ

という名前です。

彼は地獄に落ちております。

仕方ありません。

こいつ、まさに悪党です。

世が世なら、

長谷川平蔵にたたっ斬られるべき罪人です。 

 

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彼が、地獄から逃げられるかもってのが

蜘蛛の糸」なのです。

それ登って逃げるという。

この蜘蛛の糸。 

まるで蜘蛛の恩返しみたいに

書かれているんです。

でも変だと思うんですよ。 

 

駆除する理由が特に無い蜘蛛を、

ただ駆除しなかっただけ。

これが「善行」だと

カウントされているんですね。 


死にかけている蜘蛛を、

なんだかんだで助けてやった、

なら話は通ります。

でも、殺さないでおいてやった、

というのが「善行」なら、

多分、生前見逃してやった被害者も

一人や二人いたと思うんですよ。 

 

逆に、それしか

見るべきところがないぐらい

悪いやつだったんだじゃないかと

考えてみましょう。 

だったらね、

先に救いの手を差し伸べられるべき

亡者は五万といるでしょう。 

まぁ、ここまでの経緯を

全部飲み込んだ上で、

この後に進んでみますけどね、

此処から先も違和感があるんですよ。 

だって。

 

蜘蛛を殺さないでおいてやった、

という程度の善行しか

見るべきところがない男ですよ。 

他の連中が自分の糸に

群がってくることを

 

「おう、皆で助かろう!」

 

とならないのは、

火を見るより明らかじゃありませんか。 

カンダタの握っているすぐ上から、

ぷつんと糸が切れるというところも

実に意地が悪い。 

 

 


物語ででてくる蜘蛛の糸は、

別に助けられた蜘蛛とは関係ありません。 

蓮の葉の上で巣を張っていた、

極楽の蜘蛛の糸を、

お釈迦様が手にとって地獄に下げたものです。 

思い出したんですって、

そういえば蜘蛛を助けていたな、

カンダタは、と。 

 

そんな微妙なケースを

思い出せるのなら、

カンダタがどんな人間だったのかを

思い出してほしかったのですが、

ひょっとすると、

思い出した上での処置だった

のかもしれません。 

最初から救う気が

なかったのではないと考えるのが、

妥当でしょうなあ。 

だってね、生への渇望ですよ、いわば。

自分がぶら下がっていられるのも

不思議なほど細い糸に、

更に荷重がかかることを

拒否するのは人間として

自然じゃありませんか?

それに地獄の住人ですよ、そもそも。 

しかし、そんな些細な感情を

お許しになりません。

これ、理由は何でも

良かったんじゃないかな、と思いますよ。 

散歩のついでに気まぐれをおこし、

飽きてきたところで切り上げて、

 

ちょっとセンチメンタルに

ひたりながら散歩を続行する。

そんな釈迦牟尼仏。 

 

 

地獄に落ちるということは、

10審制の裁判全てで

「地獄行き」となる

必要があるんですって。


そんな入念な裁判を経た、

いわば「囚人」を、

気まぐれで引き上げるというのは、

どんな権限によるものなのでしょう?

それが気になって仕方ないのであります。 

だからね、多分最初から、

助ける気はなかったんだろうな、と。 

 

地獄の感じが一般に広がったのは、

鎌倉時代だそうですけど、

第二審の裁判官「初江王」は、

たしかお釈迦様だったはずでは… 

 

 

 

まぁ、ほら。暑いからね、今夜も。 

気を紛らわせるには

屁理屈をこねくり回すに限りますね。 

秋が深まってくれば、また

「小さな親切と寛容が大事ですよ」

というメッセージを

受け取ることでしょうが、

今のところは斜に構える私でありました。了

 

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いやあ、暑いですもん。

てか、こう書かれると、

これ正しい気がしません?

 

そもそも、お釈迦さんは救う気ないでしょう?

仏教をちょっと勉強すると、

救済に興味ないのがすごく分かります。

 

救われる、なんて希望さえもすてて、

お釈迦さんはニコニコして座ってんです。

 

いやあ、そうでなきゃあ!

超越した存在が、株価を上げたり、

売上伸ばしたり、浮気の心配したり、

そういうのしたら嫌じゃないですか?

 

何かをなすのは、常に人。

それでいいですよね。

 

(時々思うんですけどね、私の思考ってやっぱ暗いわね。なので明るくクリック!)