子どもたちの戦場。

今でこそ、大型犬を買っている家も珍しくなくなったけれど、

私が小学生の頃は、ステータス以外の何物でもなかったのであるよ。

さて、そんな昭和の時代。

私の友人のA君の家に遊びにいくと、いたのだ。

セントバーナードが。

寄ってくると、顔がとんでもなくでかく、

べろんとなめられた舌は、はがき一枚くらいに感じたのだ。

ハイジは、こんなのと遊んでんのか。

そりゃ楽しいだろうなあ。

A君はご満悦だ。

犬の名は、確か、ジョンとかだったと思う。

多少、ボンボン特有のキザオみたいな雰囲気はあったけれど、

私は彼の事は嫌いじゃなかった。

お母さんは、ケーキと紅茶を出してくれ、

おやつの時間に、ピアノを弾いてくれたり。

まるで絵に描いたようで、今から思うと、実に嘘くさいのだけれども。

そんな、話しを学校でしていたときの事である。

私がジョンとの出会いをみんなに感動的に話していたのだ。

A君はご満悦だ。

聞いている奴の中にM君がいた。

彼は、当時工員長屋と呼ばれた、出稼ぎの人たちが住む、

一種のスラムに住んでいた。

今の人からすると想像しがたいだろうが、

昭和には普通に街中にスラムがあったのだ。

私はM君とも仲がよく、彼のひょうきんさが好きだった。

なぜか彼は、ジョンの話しを聞いた後でこう言ったのだ。

「しょせん、犬やろ？オレんちには虎こうとんやで！」

何とも悲しい一言であった。。

グレるか、いっそ革命への道でも歩むか、

もしくはボクサーにでもなるか、第二の矢沢になるか、

可能性はいくらでもあったのに。。

貧乏が、文字通りあった証左でもあったわけだ。

プロレタリアが、まだ輝きを持っていさえすれば。。

他の子どもたちも、苦笑しながら

「そら、たいへんやな、餌代かかるやろ？」

そこで大笑いになった。

とかで終わろうとした時に、A君がこう言いだした。

「今日学校終わってから、見に行ってもええんやろ？」

虎に負けたジョン。

それに傷ついたボンボンのプライドのせいだろう。

恥をかかせたいのだ。

ボンボンは、これだからいけない。

M君も後には引けない。

ブルジョアとプロレタリアの、正面対決である！

「おう、みんなでこいや！」

少し弱気な、革命戦線の狼煙である。

放課後、一緒に歩きながら、私は憂鬱な気分になっていた。

周囲の友人も同様である。

唯一A君だけがニヤニヤしている。

あー、なんか逃げ出したい気分。

長屋街に入っていき、M君の家の前まで来たけれど、

当然虎などいない。

「なあ、Mよ、どこにいてなさるんだい、その虎さんは？」

なんか、A君のことを私が殴りたくなってきた。

ここがレバノンでなくてよかったな、A君！

トカレフが火を噴くところだったぜ！

ついでに、心のトカレフの記事を上げておく。

chuff.hatenablog.com

M君は、玄関の粗末な引き戸を勢い良く開け叫んだ。

「おかん、おとんおるか？」

「おらん！」

M君はふりかえりこう言った。

「すまんなあ、今散歩中やあ。いっぱい歩かせなあかんからなあ、犬とちごてな」

救済は、笑顔とともにやってきた。

「散歩中ならしょうがない。さあかえろか」

「せやな、これ以上遅なったら、うちも象の散歩に行かされるわ」

「うちはしまうまやな」

解散となるはずだったが、A君が

「今からでもおそないから、泣き入れろや」

と、野暮な事に噛み付いたわけだ。

ここで、もう全員を敵に回したのを、A君は気づかない。

M君は空気を読んでこう言った。

「でっかい、お犬さんによろしくね〜」

圧勝であった。

小さな、小さな、革命が起きた。

もちろん、嘘と夢で塗り固められた革命ではあったが。。

小学校在学中、彼らが口をきいたのを観る事はなかった。

私は、M君がどこでそれを思いついたのか聞きたかったが、

そこを訊くと、またもめそうなので、そのままにした。

子どもたちは、いつも戦争しているのだ。

仲良しこよしは存在せず、いつも戦争している。

願わくば、その戦争が、後に笑いとなる要素を含んでいますように。

シュレーディンガーの猫、いや、虎のように。 

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