その頃、老犬と暮らしていたザンス。
毎日一緒でね。
ずいぶん前の事ザンス。
ポンちゃんのことザンス。
もうずいぶん昔のことザンスね。。
ワタイは出会ったザンスよ。
昔々、革命に触れたであろう老女に。
仕事の途中でホームセンターに寄ったわけ。
犬のブラシを買うためだったのだけれど、
かの地は他にも
面白いことに出会うことがあるザンス。
用事を済ませて駐車場に向かってい途中。
ブロックやレンガ、屋外商品が並んでいるエリア。
そこで、ちょっといい感じの椅子を見つけたわけで。
当然座った。
フムフム、かなりお買い得だなあ、
と考えていた時のことザンス。
「あら、マツモトさんじゃありませんか?」
と、かなり高齢の女性。
髪はきれいに銀髪。
日本人にしては深い彫り。
どっかの血が混じってるのかもしれない。
まっすぐな鼻筋が、
往年の美貌を感じさせたザンスな。
「いえ、人違いでしょう」
「あらあら何言ってるのよ。相変わらず冗談ばっかり」
どうも勘違いされたよう。
私に似ているらしいマツモトさんと。
「最後に会ったのは、モスクワだったわよね?ねえねえ、キョウコのダンナさんをどうやって丸め込んだのよ。あの後、うわさで持ちきりだったんだから!教えなさいよ!」
さて、どうするべきであろう?
モスクワ? マツモト?
キョウコ? そしてダンナ?
噂?
そこで、
「いやあ、いろいろありましたねえ。懐かしいです」
「今でもタバコをお呑みになるの?」
ある年齢以上の人は「タバコを吸う」とは言わず、
「タバコを呑む」と言っていたザンスな。
私の祖母の時代ザンス。
ばあさん、一体いくつだ?
「では失礼して、ちょっとおタバコを呑ませていただきますね、同志」
と、タバコを一服。
しばしバーサンを見つめる。
「よろしければ、一本いかがですか、カマラード?」
「いつもそうやって、悪いことを教えられたわね、タバーリシチ」
やはり、そうだ!
この年代のモスクワ!
タバーリシチってのは、ロシア語だ!
カマラードというフランス語に、
反応できる日本人はまずいない。
「同志」なんて言葉、日本語でも使わない。
もう一本タバコに火をつけて、
一服したのを渡してあげる。
これはコミュニストの仲間の合図だと、
ずいぶん昔に聞いた事がある。
バーサン深く吸い込み、ゆっくりと煙を出す。
俺を見る目つきが、意外と色っぽい。
ムセたりなんかしない。
美味そうに深く吸い込む。
「不思議ねえ。マツモトさんは少しも変わらないわ。同志ナターシャと夜遊びしていた頃のままよ。とても私より年上には見えないわ」
初老の女性が近づいてきた。
この女性も、かなりきれいな顔立ちをしている。
まっすぐな鼻筋。
長い睫毛。
細い首。
日本人には珍しい長身で
その骨格のバランスがいい。
ニコニコしながら私に会釈し、老女に
「お母さん、帰ろうか」
バーサンは、娘か嫁の買い物にでもついて来たのだろう。
バーサンに視線を戻すと、
その目には、さっきまでの色気はない。
モゴモゴ言いながら下を向いて歩く姿は、
ただの年寄りにしか見えない。
結局モスクワも、
マツモトも、ナターシャも、
キョウコも謎のまま。
何十年か昔、きっとモスクワにいたであろう、俺に似たマツモト。
どうも彼が手を出したと推測できる人妻キョウコ。
ナターシャは恋人か?
そして、若き日のバーサン。
シベリヤ鉄道に乗っていったのだろうか?
ボルシチでも食べて。
ウオッカ飲みながら革命を語って。
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きっとそうだ!
で、俺は残りのタバコを
ゆっくり吸ったわけザンスな。
その後で、バーサンの口から
ポトリと落ちたタバコにも気づいてね、
まだ火がついてたんザンスよ。
それも吸いきったわけ。
若き日の、かの老婦人の代わりに。
同志よ。
カマラードよ。
タバーリシチよ。
なぜだか、ほんの少しだけ懐かしいような気分になる。
理由はわからない。
ホームセンターの駐車場。
ホームセンタータイムマシーン。
(革命とはなんだったんだろうか。答えがみつかるも?そこでクリック!)
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