
このCRキャブをつけたZ1000ST。
外観はZ1000Mk-2と似ているがシャフトドライブ。
リヤタイヤも17インチ。
これに乗られているのがはんぐりーまんさん。
こちらの方ですね。
日頃愛読させていただいておったのですが、西宮在住の方。
私は神戸なので、一度コラボでもと相成ったわけです。
偶然日程の調整も付き、お天気も快晴ではないものまずまず。
彼が先日ポーアイの光と影を書いておられたので、ポーアイで合流。
はんぐりーまんさんのポーアイの記事はこちら。
少し余裕を持って私はついたのだが、はんぐりーまんさんはすでにそこに。
うーむ、ちゃんとした大人の方でありますね。
ブログからもうちょっとワイルド系かと思っていたのですが、すごく柔らかい印象の方。
私が乗っていったカワサキZ1300と並べて、しばし雑談。
「ちょっと跨ってみます?」とお誘いすると、気軽に是非にと。
これは結構珍しい事なんです。
いかんせん、わがZ1300は暴力的な重さと見た目がありますからね。
いやー、おっかないっすよ。というのがよくあるパターンなんすね。
はんぐりーまんさんは跨って、「おー、これは軽い」と一言。
なるほど、この軽さを理解できるとは相当の手練れでいらっしゃる。
重いのはスーパー重いのですが、分かっている人はバランスの妙故の軽さに驚くわけです。
じゃあ、よかったらちょっと乗ってみます?ってことになり空港方面に。
「7500までだったら安心して開けてくださいね!」と私は伝えたのでした。
ってことで私ははんぐりーまんさんのZ1000で先導することになりました。
私は空冷Zを所有したことはないのだが、乗ったことは何度もある。
今ではとんでもない価格で取引されているが、私が若い頃は時代遅れのゴミ価格だった。
Z2が港の空き地とかに捨てられていたりした時代。
当時の好き者は気軽に手を出せたのであるな。
空冷Zを見ると、物の価値について考えてしまう。
価格は需要と供給のバランスで決まるのだから、値段は当てにならない。
値段というものは人間の欲望の数値でしかないし、状況で常に変動する。
しかし、価値というものは別の次元で存在しているように思う。
と、ここまで書いて放置していたら、はんぐりーまんさんが記事をアップされていた。
私のZ1300は途方も無い価値があると思う。
この重量を走らせること自体が、日本人の中に眠る大艦巨砲主義の具象であると思う。
しかし、値段は他のZと比べると安い。
事実、私が買ったときも安かったのだ。
今の同クラスの新車の半額以下。
つまり価値と価格はシンクロしないものなのであるな。
で、はんぐりーまんさんのZ1000STを眺めてみる。


ほうほう、リヤが17インチ。シャフトドライブ。
キャブレターはCR。
へえ、どんな感じなんだろ。
車格的に怖がることは私にはないのであるが、跨るって引き起こすと結構重い。
そうそう、こんな感じだったような気がする。
車高も記憶よりも高く感じる。
アクセルを軽く煽ってみると、懐かしいCRキャブの音がする。
下の回転でもたつくことはないが、少しだけラグがあるこの感じ。
ファンネルが吸い込む音を聞きながらクラッチを繋ぐと、マシンは軽く路上に出た。
そうそう、動き始めてしまうと軽いのも昔の記憶のままである。
ミラーではんぐりーまんさんが乗るZ1300がついてくるのを確認してアクセルを開く。
ガバっと開けるのではなく、回転に同調する様に開度を開けてゆく。
トルクの出方はスムーズであり、5000を超えると元気になる。
と思ったのだが、このマシン回転計が動かない。
なので、もうライダーの感覚でしか測れない。
神戸空港に向かう橋の上では、遠慮なくエンジンを回させてもらった。
いい感じだ。
空冷Zのエンジンは意外なほどクランクが重い。
その慣性によるトルクで速度が乗ってゆく。
同じ時代のCB系の軽く回る感じとは異なるフィーリング。
純粋に懐かしい。
その懐かしさを音楽に例えたらなんだろうかなあ。
これなんかどうかなあ。
ちなみにこの曲、井上陽水の「傘がない」の元ネタであるのです。
なんというか、暗カッコいい。
誰もがブレイクスルーを求めていた時代。
道路が舗装され、どこかで途切れるとしても、どこかへ続いていると信じた時代。
山の向こうには行かねば何があるか分からなかった時代。
その時代に、山の向こうに連れて行ってくれたエンジン。
実用ではなく、ただパワーを欲したエンジン。
それが商品としてパッケージされた夢のカタチ。
などと考えているうちに空港島についた。
飛び立つ飛行機を見ながら、はんぐりーまんさんとインプレを交換したり。
Z1300を褒めていただき、私もZ1000STを褒めたりして。
お世辞ではなくて、本当に楽しいバイクだった。
オートバイが工業製品で、企業が作った商品であることは重々理解している。
そこには利益が必要で、技術はもちろんのことコストやマーケティングが必要なことも知って入る。
この手のマシンが現在商品化されない理由も理解はできる。
やがて、キャブのバイクに乗ること自体ロストテクノロジーになってゆくのかもしれない。
いや、もうそうなっている。
今のライダーは、キャブ車に対して難易度さえ感じている。
私だって、手動進角のオートバイには乗れない気がするのと同じだろう。
そう考えると、私達の世代は内燃機関の最も幸福だった時代にガソリンを燃やしきったのかもしれない。
ときに思うのだが、この手の快楽の中心には何があるのだろうか。
単にノスタルジーではなく、人間が炎を御しているとてつもない技術への快楽な気がする。
暖を取り、調理し、明かりを灯した炎。
時に厄災とさえなる炎を御している。
エンジンという竈の中の熱を運動エネルギーに変換し、それを右手だけで制御する快楽。
しかもその右手で途方もない速度に入れるわけだ。
古代の人間にとっては神の領域に入る速度。
そんなことを、空冷Zのエンジンを見ながら私は考えていた。
なわけない。
ドヒュウーン、でバリバリっすね!
このビリビリたまんないっすね!
いやー空冷Zやっぱかっこいいわー!
とかに決まってますやん?
その後、はんぐりーまんさんを自宅に誘いお茶して駄弁って、CB1100にも乗ってもらって。
いやー実に楽しい一日でした。
はんぐりーまんさん、ありがとうございました。
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