普段ラジオを聞かない。
AMラジオはパーソナリティーの下らない話と、
通販の宣伝が嫌いだ。
FMは妙に軽く前向きなDJの話し方が嫌いだ。
今日、歯医者でFMが流れていて、
久しぶりに聞いてみたが、やっぱりクソだ。
でも考えてみたら、昔から嫌いだったわけではないな。
エアチェック、って言葉を知ってるかい?
FMをカセットテープに録音するんだ。
結構やっていたね。
ロンドンやニューヨークの音楽を、
ラジオが届けてくれた時代があったんだよ。
チューナーの針を動かし、
遠くの街の、新しい音楽を聴いていた。
そんな時、DJは、曲の説明や、
ミュージシャンの逸話を淡々と話した。
よく覚えている話がある。
「その男はロンドンのサビルロウでスーツをオーダーする。
ブラックスーツがお気に入りの彼は、ジャズのドラマーを夢みていた。
だから彼のドラムはいつだって正確だ。
男の名前はチャーリー・ワッツ。
ローリング・ストーンズをスィングさせる彼は、
クラッシクなブリティッシュスーツを好む。
次の曲はPaint it black」
こういのもあった。
AMしかないカーラジオから、
深夜にビートルズがかかっていた。
ハードデイズナイトをたっぷり一枚分連続で放送した後、
女性の声でこう流れる。
「今夜は雨です。このアルバムは不思議と似合う気がします。ロンドンは雨の多い街だからでしょうか。でも、リバプールはどうなのでしょうか。港町だから、きっと雨は似合うでしょう」
ウルフマン・ジャックは、映画「アメリカン・グラフィティ」の中で、若者ののためにリクエストに応じる丘の上の海賊放送局のDJだ。
いつもアイスクリームを食べている。
主人公は、直接ラジオ局に行って、
通りすがりの美女へのメッセージを伝えようとする。
しかしがウルフマンは、自分はウルフマンじゃないと言い張る。
「ウルフマンは、世界中を飛び回っているんだ。神出鬼没さ。俺のようなしみったれた男のわけがない。君の伝言は彼に伝えよう」
世界は広く、人々は手の届かない世界の存在を知っていた。
いつだって、人間は無知で愚かだ。
しかし、ほんの少し前まで、
無知なことは恥だったな。
少なくとも恥ずかしいことだったな。
今や、誰もが自分は有能で、やることは正しく、
知らないことに対しては「意味がない」と吐き捨てるけどね。
薄氷のような自信を持ち、
知らない世界を、
手のひらにあるかのように語ったりね。
でもボクは、初めて女の子の家に電話した時の、
夕方の電話ボックスの空気が懐かしい。
聴きこんだレコードの溝に流れるノイズが恋しい。
イーグルスのホテル・カリフォルニアが流れたた時、
客全員が耳をすました、古い喫茶店を愛おしく思う。
初めてギターでFを押さえられた時、
もっと世界は身近にあった。
それは、ちゃんと遠いってことを知っていたからだと思う。
南極や北極が寒いってことぐらいは知ってる。
言われなくてもね。
でも、そうかい?
本当に?
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