大阪と和歌山の境にある犬鳴山。
霊峰でもあるなあ。
温泉あり、古刹あり、
緑ゆたかに、いいところ。
昼間に行ったならね。
そもそもここがなぜ犬鳴山というのか
諸説あるものの、私が聞いていたお話を
簡単に説明しよう。
その昔、殿さんが狩りに来ていて
犬が激しく吠えたわけね。
殿さんブチギレ、犬の首をはねちゃった。
とんだ犬の首は、殿さんに飛びかかろうとした
毒蛇に食らいつき地面に落ちた。
殿さん、悔やんでこの地を
犬鳴山と呼んだという。
ひどい話やろこれ!
よって、怖い話は盛りだくさんな
そんなお山でありますな。
ある夏、私は春からずっと
ベッドの上にいたのだな。
深夜に、ワンボックスの
助手席に座っていたのだな。
国道を走っておったのだ。
普通にだ。
見知らぬとあるアホが、
一刻もはやくモスバーガー食べたいという理由で
トラックに無理な追い越しをかけ
我々は盛大に正面衝突されたのだな。
私はフロントガラスから飛び出し、
数十メートル先の
ガードレールの下に頭を突っ込んでおったのだな。
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しばらく寝たきりであった。
まあ、そうだろう。
運転していた友人Aは、
更にとんでもない事になっておったな。
これを詳しく書いても面白くないので、
単純に足ぐちゃぐちゃ
とだけ書いておく。
なーに、つま先と膝が
くっついていただけですわ!
もう一方は、踵がつま先の位置にあっただけで!
数ヶ月もすると、
私はかなり動けるようになったのだな。
運転手だったAは、
まだまだ治療の折り返し地点。
まあ、そうであろうな。
つまり、ほぼ歩けない。
松葉杖二つ使って、
ちょっとは動ける程度。
ようするにヒマなわけだ。
そこで、彼が
「よー、夜にどっかドライブ行こうよ。涼しいとこに!」
と言い出したのだ。
こいつ、もともと仕切るのが好きなやつだ。
強気と言っていい。
私もヒマだし、
友人たちもヒマだったし。
若さとは、なんと暇であったことだろうか。
友人Sの4ドアの車が
乗り降りしやすいだろうとなり、
その車でドライブに出かけたのだ。
涼しいところを目指して。
しかし、若さというものは、
あらゆることをアレンジする。
何も、気温でなくともよいのだ。
暑さがふっ飛ぶ、
ゾッとする冷たいものがあれば、
なんであれそれは。。
それは涼しさなのだ!
若さとは、
クリエティブな魂の事だからね!
この場合、松葉杖の彼だけが、
そのクリエイティビティを
持ってなかったわけなんだけどね。
そして、他の3人はみんな
持っていたのだな。
深夜のあの峠はひんやりしている。
旧道から、さらに分岐した道に入ると、
車の窓を閉めたくなるほど。
いろんな冷気でね!
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薄暗いトンネルまで来た私たちは、
しばらくその涼を楽しんだ。
タバコを吹かしながら、3人は目配せした。
お互い冷たい笑いを浮かべ
街灯もない真夜中の山のトンネル付近。
そしてそれは決行されたわけだな。
簡潔に言えば、
松葉杖のAを、
そこに置き去りにした。
涼んでもらうために。
歩けないAから静かに離れ、
車で急発進をしたのであるな。
運転手のSは、バックミラー見ながらゲラゲラ笑っていたな。
ふりかえった私が見たものは、呆然とした彼。
煙草を口から落として、
泣きそうな顔になって、
お化けみたいな物体に見えた。
もう一人のTは、ニヤニヤしながら
「あとでねえ〜」と窓から叫んでいる。
山のふもとまで降りて、
缶ジュースとか飲んで、
「あー、これされたら、俺ならキレるわー」
とか、
「いやー、頭おかしくなるで!ワハハハ」
とか、
好き勝手言いながら楽しんで、
30分ほどしてまたトンネルに向かった。
彼のために、自販機でコーラを買って。
人通りはおろか、対向車も全くない夜道。
少しだけ月明かり。
ヘッドライトをハイにして、
フォグランプも光らせて、
トンネルの数百メートル手前のコーナーを、
運転が上手いSは、軽くドリフトさせながら抜けていった。
その時であるな。
こんな姿が。
Sが急ブレーキ!!!!
もちろん、置き去りにされた彼である。
涙と汗でグシャグシャな顔が、
安心感で緩んだその時。
Sの顔がこわばった。
突然車は猛烈な勢いで
バックし始めた。
Sは、
『なんや、あ、あ、あれ!』
とパニック。
バックで走行なんで、Sは後ろを見ています。
私たちは前を見てます。
道を這っている彼の顔には
絶望と怒りと、恐怖と孤独が、
滝のように出ています。
それらが、眩しい光の中に浮かんで見えます。
松葉杖は周囲に無く、
車が遠ざかる中、
異様な速度でそれを這いながら
追おうとしている、這う物体A。
なんだかわからない光景が見えます。
コーナーを使って、
Sはバックでスピンターンを決めます。
なんとも運転のうまい奴です。
そこから、全力で下りはじめました。
私はSに、ちょっと落ち着け!と叫び、
『あれ、Aやで!』
「えっ、マジ?」
「マジよ、マジ!」
「地面這ってたあれやで?」
「そうそう!」
「ちびるかと思ったなぁ」
「迎えにいこうよ。さすがに怒ると思うし」
「ちょっと待って、小便する」
T
「いやあ、なんとも寒いくらいキタな、あれ、ワハハハハ!」
戻ったSは
「全部、8マンのせいにするから、フォローヨロピク!」
とか言ってるし。
ああ、最近言います?
「ヨロピク」。。。
まさかねえ。。
ゆっくりと車を走らせ、
さっきの場所まで戻ります。
彼はもう仰向けに横になっていました。
10メートルほど手前で車を停め、
私が降りました。
こういう役目は大抵私だったんすね。
なので慣れてるといえば慣れてるわけで。
ここは一発、笑いも取りつつ、
より涼やかな思いを
させなければいけません。
それに、話しをまとめないと、
目の前にはおっかない獣がいるわけですし。
「おい、そこの化け物!おとなしくするなら、つれて帰ってやる!騒ぐつもりなら、捨てて帰る!わかったか!?」
返事はない。
まあ、そうだろう。
怒っているのだろう。
当たり前であるな。
しかし、罪悪感など
そもそも捨てているのが若さである。
また、そうであるべきなのだ。
罪悪感にまみれる若者は、若い老人なのだ!
もちろん、私は次の手を用意していたのだな。
若さとは、なんと好戦的なのか!
「わかったら『ごめんなさい』と言いたまえ!」
車の中で爆笑が起きて、
ホーンが何度もならされる。
音が真っ暗な山々にこだまする。
その大音量のこだまが消えた頃。。。
迷いが吹っ切れたのであろう。
Aは大きな声で
『ごめんなさーい!意味わかんねーけど、ごめんなさーい!』
と、叫んでいた。
これに全員で笑いあい、
まあまあ悪かったよ、などと言いながら
穏やかな空気に山は包まれた。
悪ふざけもこもまでなのだ
大団円の余韻に、笑いながら涼をたのしんだ。
Aを車に乗せ、冗談を言い合い、
まさに青春のワンシーンであったのだな。
ここまではな。
車内にはジャクソン・ブラウンが流れ
爽やかな時間。。
その時、私の心の中に
自分でも驚く声が聞こえたのね。
今から考えると、
何かが憑依していたのかもしれぬな。。
その小さな囁きはこうであるな。
(ケッ、これで終わらせるわけにはいかねえなぁ。。)
(もうちょっと涼ませようぜ・・)
(ここが山場じゃねえのかい?)
いやいや。。
しかし。。
私は冷たいコーラを、さりげなくAに渡した。
もちろんその前に内緒で激しく振っておいた。
案の定、Aはコーラを車内で爆発させた。
Sが猛烈に怒り始め、俺たちは笑い始め。。
Aは何がなんだか分からないうちに泣き始め。。
松葉杖を回収し、
Aを病院まで送っていった。
いやあ、その道中は
肝の冷える涼やかさでしたよ。
携帯のない時代だからね。
今なら、スマホを取り上げといた方が
より効果的に涼めますよ!
是非!
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