CHUFF!! チャフで行こうよ。

もう、何でもありです。ヒマつぶしにどうぞ。少しもの知りになれるかもです。

CHUFF!!ってのは、「おっ、なんかいいよね!」って意味です。チャフっていきましょうよ!

俺は突然命令された。「あの車を追え!」

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その頃、俺はまだ大学生で、

赤いタンクのCBに乗っていた。

小さなオンボロアパートの二階に住み、

なんとなく大学にも馴染めなかった。

エアコンも当然ない部屋で

どうやったらそんな状況から

抜けられるのか、そればかり考えていた。

せっかくやばい世界から抜け出したのに

新しい世界は実に灰色でしかなかった。

 

時代はバブルの真っ最中で、

持つ者と持たざる者の差は、

圧倒的に大きかった。

 

 

今の格差社会なんて言葉を

笑ってしまえる程に、その差は大きかった。

考えてみれば当然かもしれない。

どの時代にだって、負け犬はいる。

あの時は、勝ったつもりの犬がたくさんいただけだ。

負け犬にできること。

耐える事、待つ事、そして潰れない事。

それだけだと知る前の青い世代だったわけだ。

 

まだふつうの世界の処世術も知らず、

大量に流れ込む情報にただ驚き、

時代の波に乗る程の知恵も無く、

無力であることを認めるにはプライドが高すぎた。

 

何をするにも金が要る。

その当然のことに対処できなかった。

その一方で、溢れる程の金が街に流れていた。

そして結果的に、さらに金がかかる事が増えるだけだった。

俺は鬱屈した気分を抱え込み、

不定期に舞い込んで来る仕事をこなす以外は、

ぼんやりとテレビを眺めながら日々を過ごしていた。

バブルと言う時代を、

冷めた目で楽しめるようになったのは、

その時から随分経っての事だった。

何かが俺を押しつぶそうとしていた。

 

ある日、そのテレビも壊れた。

 

 

オートバイが面倒くさくなった。

もう、数週間は乗っていない。

トタン屋根の廊下にカバーをかけたまま、気にもしなかった。

1階のバーサンに邪魔にされるのが憂鬱で、

もう手放そうかとも考えた。

オートバイを降りようかと思ったのは、

今の所それが最初で最後だ。

 

それくらい、俺はやさぐれていた。

 

6月の初めの日曜日。

その時俺がオートバイに乗る気になったのも、

テレビが壊れていたからだ。

それ以外の理由はなかった。

ジーンズにブーツを履いて、

革ジャンと白いフルフェイスのヘルメットを持ち、

何日かぶりに外へ出た。

 

ホーセス(紙ジャケット仕様)

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カバーには野良猫が小便をかけたらしく、激しく匂った。

土ぼこりが堆積していたカバーを外して放り出し、

アパートの前にバイクを押し出した。

 

幸いエンジンはすぐにかかり、

ガソリンもほぼ満タンだった。

この時点でも、俺は憂鬱だった。

 

何処に行ってもよいはずなのに、

行きたい場所が分からない。

結局向かったのは、

昔の仲間がたむろする喫茶店だ。

 

走りながら、自分が惨めだった。

やさぐれた仲間達がいる喫茶店にしか

行けない自分が惨めだった。

結局、何処にも行けない自分がいるだけ。

つまらないバイパスを二時間ほど走った。

 

Paint It Black (Live / Remastered 2009)

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街の入り口にある大きな河を超えたのは、昼過ぎだったと思う。

その喫茶店の前には、友人のバイクが数台並んでいた。

俺もオートバイを停めると、

何か楽しいことがありそうで、

多少はましな気分になった。

 

マスターとママの歓迎を受け、気持ちはさらによくなった。

友人達と久しぶりの挨拶を交わした後、俺の気分は一気に沈んだ。

 

理由は、その中の一人がBMWを買うとかどうとか。

という話しで盛り上がっていたことだ。

俺の中に激しい敵意が芽生えた。

今となってはどうということのない嫉妬だ。

しかし、当時の俺は、それを

嫉妬と認める程には強くなく、

ただ不機嫌になっただけだった。

 

「じゃあ俺、帰るわ」

「なんでだよ?久しぶりだろ?何怒ってんの?」

「気に入らねえんだよ」

「何が?」

「お前ら、全部だ!」


さっき渡った橋を、逆方向から渡り始めた。

 

橋は珍しく渋滞していた。

長い橋の真ん中の辺り、

路肩をすっ飛ばして行く俺の前に、

突然髪を赤く染めた女が飛び出してきた。

急ブレーキで避けようするが、リヤが流れた。

女は大の字に手足を拡げ、「止まって!」と叫んでいる。

 

橋の上の娘 [DVD]

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できれば俺も止まりたい。

いくら何でも、犬も猫も人も轢きたくはない。

タイヤのロック音を響かせながら、

オートバイは斜めになったまま女の直前で止まった。

 

「馬鹿野郎!何考えてんだ!」

 

と俺が叫ぶと同時に、

その女は突然タンデムシートに股がった。

そしてこう言った。

 

「あの向こうのトラックを追っかけて!」

 

俺の頭は混乱したが、

その当然のような命令のされ方に、

身体がつい反応した。

 

つまり、見ず知らずの女が、

ありもしない所で表れ、俺に命令し、

それに従ったわけだ。

それがなんだかおかしくて、笑ってしまった。

トラックは橋を渡り終え、かなり離されている。

 

「一体、何だよ?」

「あたし、バスガイド」

「で、なにやってんだよ!」

「お客さんが窓から落とし物しちゃったの。あのトラックの荷台に!」

「はぁ?それで走って追っかけたのか?」

「そう、あたし、真面目に仕事してるから!」

 

俺は、笑ったね。

かなり本気で笑ったね。

当時、観光バスも窓を開ける事ができた。

馬鹿な客が、帽子かなにかを風で飛ばされ、

トラックの荷台に落ち、

渋滞でトラックが先に行き、

いかれた髪のガイドが走って

トラックを追いかけたってことらしい。

 

橋の終わりの信号は赤だ。

トラックは2つ先の信号まで進んでいるのを、やっと確認できるくらい。

交差している堤防沿いの道には、数台の車が動いている。

 

「行くか!?」

「行っちゃって!」

 

この時、俺は陳腐な台詞を吐いた。

人間は、もしかしたら陳腐なセリフのストックが

脳みその奥に大量に陳列されてるんだろうか。

多分生涯であの時だけだと思う。

 

「飛ばすぜ!しっかり掴まってな!」

 

その馬鹿げた台詞で、何かが吹っ切れた。

ギヤを一気に2速落としてアクセルを煽り、

赤信号に全開で突っ込んだ。

左から来るタクシーと、

右から来るセダンの隙間を

スラロームで駆け抜ける。

そのまま、2つ信号を無視して、

トラックの前に出る。

合図するが、トラックは止まらない。

しかもウィンカーを右に出した。

仕方なく俺は、急ブレーキをかけた。

 

トラックはホーンを鳴らしながらも、止まってくれた。

女は飛び降り、トラックの運転手に近づいて

 

「ごめんなさい。でもちょっとだけ待ってて」

 

と言い、俺の傍に戻った。

 

「ありがとう。オートバイって、いいね。気持ちよかったよ!」

 

そして、おれのヘルメットに顔をくっつけた。

「じゃあね」とだけ言って、

女はトラックに戻った。

 

何やってんだか、と思いながら、

俺はアパートに帰った。

オートバイをいつもの場所に停め、

部屋に入ってブーツを脱ごうとして、

ヘルメットを床に置いた。

 

白いフルフェイスのヘルメットに、

彼女の口紅の跡が付いていた。

 

「これじゃあ、片岡義男じゃねえか」

 

と一人つぶやき、しばらく笑いが止まらなかった。

口紅を雑巾で拭き取ったあと、

しばらく雑巾を眺めていた。

なぜだか俺はまた1階に戻った。

そして、臭うカバーを洗い、

オートバイを磨いた。


時々、俺は彼女を思い出しながら、

口紅の跡を拭った事を少し後悔している。

特に、深夜のガレージで、オートバイを眺めている時に。

でも、それはそれでよかったのかもしれない。

そんなわけで、俺は今もオートバイに乗ってる。

ありがとう、赤毛のバスガイド。

そうだろ?

 

オートバイって、そういうものだろ?

 

(淡い思い出の彼女も、もういい年だろうなあ。色んな思いでクリック!)