私の友人だった彼は、北陸出身の人。
地元の進学校から、金沢大学に入り、
大阪のゼネコンに就職した。
まあ、ごくまともな人生であった。
多少つまらないところもあったが、いい奴ではあった。
その彼が大阪でつまずいた。
会社の方針で、本社採用でも半年は現場監督見習いで、現場に入る。
そこには、無数の職人たちの群れがいる。
彼らは「親方」以外には敬意を払わない。
敬意を得られるならば、「親方」が彼を認めてからだ。
初日から、彼は今までいわれた事のない言葉を浴びる。
「おまえ、あほちゃうか?」
「そんな事も知らんのか、あほちゃうか?」
「飯喰ってない?あほちゃうか?」
「缶コーヒー用意してない?あほちゃうか?」
一日で数十回言われるので、頭に来たものの、
「オレも何も知らんのやし、言われても仕方ないんじゃないだろうか」
と考えるようになった。
とある現場が終わり、小さな事務所でささやかな打ち上げがあった。
酒も廻り、彼も日頃の鬱憤がたまったのか、こう言った。
「オレはそんなにアホですか!?」
とある親方が
「誰が言うとんねん、そんなこと?」
場が凍り付く。
場合によっては、ここで誰かがフルボッコの可能性もある。
なにせ、荒くれ男たちに酒が入っているのだ。
「聞き捨てならんな、仲間どうしで。誰や、さっさと自分から名乗りでえ!オレがしばいたる」
「せやせや、監督補助はようやっとったで」とAさん。
「そんな嫌らしい奴と現場しとったんかいな、許せんな!」とBさん。
「いまのうちや、ここで詫びいれろや!」とCさん。
彼も酒を更に空けて、勢い付けて言いました。
「親方含めてみなさん全員です!」
場が、きょとんとなる。
「そんなこと言うた?」
「いや、知らんでワシ」
「なんか、へんなことになったなあ」
ザワザワザワ。。。
「ワシも含めてやったな?」
やはり、親方はけじめをつけにきたらしい。
「具体的に言うてくれんか?いつのときや?」
「例えば、お昼です。打ち合わせしながら食事してたら、カレーに醤油掛ける僕にいったでしょ、アホちゃうか?って。ちょっと段取り遅れると、すぐに、お前アホか!っていったでしょ!全部僕は覚えてるんです!」
場は全員が沈黙し、酒も箸も置かれ、全員が腕組みした。
何かを考え込んでいるような、そんなとき、親方がこう言ったのです。
「ああ、あれ?あれ気にしてたん?おまえ、あほちゃうか?」
「せやなあ、そこいちいちなあ。あほやな」
「まあ、しゃあないんちゃう?あほちゃうんかな」
「ああ、めんどくさ、あほちゃうか」
「さてさて、あほはほっといて、飲み直そか」
そんな自分を、彼は、
「まあ、あほやったんやねえ」と語れるようになりましたけどね。
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