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幕末までの時間 The Soul of Japan 武士道 その9  

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約一か月ぶりになるんですね、このネタ。

さて、前回赤穂事件まで来ました。

chuff.hatenablog.com

 

ここから、一気に幕末へと向かうんですが、

その前に、ここはどうしても押さえたい所があるんです。

それは、「武士と侍の違いについて」です。

 

 

 

侍と武士の違い

 これねえ、はっきりとはわからないんです。

なので、非常に大雑把に分けます。

起源まで言い出すと、長くなるんで、

江戸時代中期以降の限定です。

 

①侍とは

公的な意味で武装を許されている人々全般。

ゆえに、浪人も含みます。

町人などでも軽く武装できたようですが、

二本差しを認められてはいません。

 

②武士とは

給料をもらっている侍。

ですので、本来は仕える「殿」がいる人です。

正規雇用されていると言ってもいいでしょうか。

 

源平の時代より、まあそう言えるでしょうね。

正式に盃をもらえた人は「武士」。

フリーで時々戦に行く人、

土地のために、やるときゃやる武人が「侍」。

 

この、正規雇用かどうかが、

幕末に大きく絡んでくるわけです。

 

「武士」の概念化

なんでもそうですけど、最初厳密に決まっていても、

そのうち形骸化するもんです。

「武士」もそうです。

武装した軍隊組織的な側面は消え去り、

江戸中期には公務員なわけです。

形式的には藩の殿様に「忠」してるんですが、

引きで見ると、徳川将軍に「忠」しているわけです。

そうなってくると、実感がわかない。

遠すぎるんですね。

命のやり取りの高揚感も、もう存在しませんから、

なんとなく、ぼんやりとしたものになるんです。

そこに対して危機感を抱いた人々が出てきます。

中央政府の幕府の人々です。

 

失業問題への対処法の一つとして

どの政府も、長らく続くと財政に無理が出ます。

そうなると、幕府は「藩」を取り潰して、

直轄地の「天領」にするわけです。

そうなると、大量失業者がでます。

いわゆる「浪人」です。

忠をむける「殿」がいないわけですから、

無秩序なわけです。

しかも、一応身分としては二本差しOKですから、

厄介なんですよね。危ないわけです。

彼らを公共事業で雇ったり、都市部から追い出し

帰農させたりしてるわけです。

正規雇用の「武士」も、経済的に問題ある存在です。

実はけっこう多くの「家」が貧乏なんですよ。

借金とか、減給とか、いろいろです。

そこで幕府は、様々な経済的な救済策も示します。

その中の一つが、「家」の売買を黙認するってのがあります。

この「家」ってのは、もちろん「武士」格の身分のこと。

 

これにはやり方がいくつかあったようですが、

有料で養子縁組するパターンと、

既得権そのものを売り渡して、本人は町人になったりとか、

身分移行は結構スムーズです。

この方が、結構キレイにまとめてはります。

ameblo.jp

最近では、名子という、農民の中でも最下層の身分から

武士になった悲哀を描いた名作も出ています。

かなり史実に忠実です。

励み場

励み場

 

 これらは、幕府からすると、

安い人件費で使える役人ということです。

 

いじける「侍」に対して思想教育する

当然彼らはいじけるわけです。

俺も昔は、ちょっとしたいい身分だったのに、

こんなふうになっちまって、ならいっそのこと。。

と思わせないようにするにはどうするかといいますと、

 

「諸君たちは武士である!」

「武士道を忘れることないように!」

 

親方のいない「侍」に、親方のいる「武士」かのような、

無理やりな思想教育を始めたわけです。

これは、浪人になってからでは遅いので、

その前に始めているわけですね。

お役御免にしたあと、弓弾かぬように教育する。

なんか、老獪すぎてちょっと引きますけどね。

 

でも実際は「殿」はいないわけです。

いないのなら、もっと漠然とした「君」でもいいわけです。

ここに出しゃばってくるというか、

意外な立場の人が、不遇な武士界隈で人気者になります。

それは、水戸藩のエリートたちですね。

 

国学登場

水戸藩は、徳川御三家の中で一番の格下。

天海和尚が「水戸から将軍がでたら、幕府はつぶれる」

と言ったくらい、格下扱いです。

 

で、イジケたんですね。

なので、徳川直系なのに、

「もう天皇サイコー!」な思想に向かうわけです。

口火を切ったのは、黄門様の水戸光圀です。

もちろん、それは将軍家に対するいじけだったでしょう。

しかし、代を重ねると、そんなことも忘れます。

そして、「国学」のスポンサーになり、

その中でも過激な思想、「水戸学」を成立させます。

ここでの有名な言葉に、「敬天愛人」があります。

 

敬天愛人」は優れたプロバガンダコピー

今の言葉の感覚で、こういうものを理解してはいけません。

「天」とは、古より天皇家を指す言葉です。

「おてんとうさま」などという軽いものではりません。

明らかに、将軍家より、天皇が上って意味です。

ですので、冷遇されている水戸家も、

将軍家とタメってことになります。

 

次に「人」ですが、これは一般人を指していません。

当時一般は「民」です。水戸学では「愛民」と呼んでいますが、

これは補てんされた思想です。後期に出てきます。

マズイ、と気づいたようですね。

この場合の「人」というのは、主に冷遇されている武士のことです。

なので、「天皇を敬うもとでは、平等だから大事にしろ」

という文章になります。

 

これを露骨にやると、幕府は水戸藩と言えども容赦しないので、

どうにでも取れるコピーとして、「敬天愛人」となるわけですね。

やりますなあ。

 

もちろん、「侍」全員が、既に「武士」気分なのは、

言うまでもありませんので、グッと来たんでしょうね。

 

ところで、同じ神のもとでは、みな平等、ってのは

なんとなくキリスト教を連想しませんか?

実は入ってきていたのですね、思想として西洋が。

この思想が、歴史を大きく動かしてゆくとは、

当時誰も気づいてなかったでしょうけれども。

まあ、もともと、宗教というのはそういうものです。

奈良時代に仏教入れたのも、御仏の前では平等という、

豪族を抑え込むのが目的だったようですし。

この平等ってのは、なかなかに危険な思想であります。

同時に、世界的な思想の潮流でもあるわけです。

常に問題なのは「誰と誰を平等と規定しているか?」

をすぐ忘れるところですね。決して全員ではないのです。

 

これらをすべて足すと

ものすごく乱暴に江戸時代を一気に過ごしました。

これらをすべて足すとどうなるかと言いますと、

すべての「侍」が「君」を持てることになります。

「君」がいてくれることは、幕府にしても都合がよいわけです。

「武士は食わねど、高楊枝」をさせられるわけです。

なにせ、「忠」の相手がいるんですからね。

いないのに。

 

同時に、役人としての空気を理解しない、

キレた「武士」も出てきます。

売買で、家柄を買った人々です。

通常は、「郷士」という身分で、一段下です。

でも、逆に彼らが一番「武士道」を好きになるわけです。

なにせ、なったばかりですからね。

 

これを言うと、ファンから怒られそうですが、

代表は坂本龍馬でしょうな。

彼は一発当てなきゃいけない立場だったわけです。

元は質屋の家系です。

坂本龍馬の活動費について、諸説ありますが、

一家総出で仕送りを続けたようです。

それにはそれなりのには理由があったのです。

しいて言うなら、郷士としての武士への引け目でしょうか。

彼は生涯で、実は全く稼いでない人ですしね。

 

勝海舟は旗本ですが、もともとは高利貸しの家系です。

なので、機転が利くわけです。

私は彼の考え方にも、水戸学の影響があると思います。

あの合理的な采配は「人間なんてのは、そんなもんでぇ」

という、平等思想があるような気がします。

こういう思想は、ポンとは出ません。

 

その一方で、吉田松陰のような、

「武士道原理主義」も生まれてきます。

 

このごちゃまぜの支配者層の中で、

突然「尊王攘夷」の思想が「武士」に誕生します。

尊王と攘夷は、全く関係がなかったのに、

突然合体します。

その理由は、既に武士道は「気分」という、

あやふやなれど、しみ込んだものになっていたからでしょう。

約百年くらいかけて出来上がった、

「君」の思想の集大成です。

応仁の乱以後初めての混沌とした時代に、

「武士道」は一気にその絶頂期に向かうのです。

 

そう、幕末です。

 

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(人の営みで最も力を持つのは、イジケとと妬みかもしれない。でもさ、そこでクリックだよ!)

 

尊王攘夷の旗―徳川斉昭と藤田東湖

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