この写真を見たことのある人は多いでしょう。
「パリ市庁舎前のキス」と言う題名で、撮影はロベール・ドアノー。
1950年のことです。
この人の有名な作品に、メリーゴーランドの写真があります。
私、この写真をオリジナルプリントで手にとって観たことがあるんです。
今思い返しても複雑な気持ちになる記憶です。
今日はそんなお話です。
その写真がこちら。
元の持ち主は、名前を出すとちょっと面倒なことになりそうな、
それくらいの有名人でした。
その人が、仕事でドアノーと出会った時に記念に贈られた、
正真正銘のサイン入りオリジナルプリントです。
その方は絵画のコレクターでもありました。
でも買ったきりその辺に置いておくタイプで、鑑賞する人ではありません。
その方が亡くなった時、遺族の人もあまり興味なかったらしく、
高価な絵画はさておき、多くのものを関係者に持って帰らせたんですね。
それが、私の友人の1人だったというわけです。
そして、それを知った私は、
東京に行った時、ついでに観に行ったんです。
亡くなった方を、仮にXさん、友人をYとしておきましょう。
Xさんは書もやっておられました。
私の意見としては、まあ大したことないわけです。
有名人の「書」であることくらいの値打ちです。
しかし、Y にとってはとても貴重なものらしく、玄関に飾られていました。
あまり光も当てたくないらしく、玄関の灯りは暗いものでした。
ドアノーの写真は、居間の床に壁に立てかけるように置いてありました。
キッチンの直ぐ側です。
手に取る前にわかりました。
その写真はシミだらけだったのです。
「おい、どうなってんだ!なんでこんなことに!」
「ああ、それ額装に失敗しちゃってさ。アクが出て出ちゃったんだよね」
「どこの額屋だ!」
「8マンも知ってるでしょ、家具屋のSさん」
「Sさんは、家具屋だろう!なんでそんなとこ出してんだよ!」
「なに怒ってんのよ?」
「そもそも、なんでSさんも引き受けてんだ?」
SさんはXさんとも親しく、私も存じ上げている方です。
「だって、得意でしょ。プロなんだから」
「馬鹿野郎!額のプロじゃねえだろ!素人だよ!その結果がこれじゃねえか!!」
「いいじゃん、Xさんの思い出の品だし。Sさんも喜んでやってくれたし」
「専門のプロが居るってことは、素人がやっちゃいけねえ理由があんだよ!」
よく見ると、写真が直に薄板に貼られ、ガラスとも密着しています。
「馬鹿野郎!これがドアノーのオリジナルって分かってんのか?」
私は声を荒げてしまっていました。
それに対し、Y の言ったことは。
「いつから、金の亡者みたいなこというようになったの?」
でした。
Y にとっては、Xさんとの思い出以外に意味は無いようです。
一見すると、まるで私が、がめつい古物商のように聞こえる話だとは思います。
少し古いですが、参考になるサイトを張っておきます。
モダンプリントでこの価格。
今はもっとすごいことになってるでしょうね。
ここ数年で、とんでもなくいろいろこの手のものは値上がりました。
だいたい10倍と考えていただいてイイと思います。
本人が飾っていたものにサインしてくれたと、聞いておりますから、
極初期のものの可能性が高いわけです。
写真の下の方に、1957もしくは1951とあったと思います。
ヴィンテージプリントと言われるもので、フィルムネガが痛む前の焼きです。
ですので、さらに5倍として。
ということは、多分25〜30万ポンドくらいでしょう。
日本円にして、約3000〜4500万円。
1951なら、さらに倍でしょう。
そのキャッシュの前でも言えるんでしょうか、Y は。
なにせロバート・フランクのAmericans のこの写真のオリジナルが
55万ドル。。
日本円で、ざっと6000万ですよ。
価格に関しては賛否両論あると思います。
でもね、私が言っていたのはそういうことじゃないんです。
その値段がつく意味についてです。
こういう作品は、手に入れた人が自由にしていいものじゃないと思うんです。
残さなきゃいけないものなのです。
たまたま、その人の手元にあるってだけです。
決して、障子の張りあてに使っていいわけじゃないし、
正月の凧揚げの材料に使って言い訳がない。
キッチンのそばにおいていいものでも、もちろんないんです。
価値あるものを手に入れた人は、
それを残す義務があるのです!
でなきゃ、手に入れなきゃいいんです。
個人的な思い入れがあれば、なおのことです。
汚してしまって平気な方がオカシイのだと思います。
こうやって、壊れてしまったであろう美しきモノたち。
たくさんありますよね。多分。
これは、オートバイや車も同じことです。
アンティークはみなそうです。
誰かが残してくれたから、今そこにあるわけです。
その後、結局言ってることを理解されないまま、
Yと私は疎遠になってしまいました。
額装を引き受けたS さんとも距離を置くようになりました。
我慢できなかったんですね。
その、悪意なき行為が。
美しいものが残ることの、難しさ。
Y はそれを金額か、個人的な思い入れでしか理解できなかったようです。
今思い返しても、あのドアノーの写真は残るべきだったと思います。
残らないというのは、悪意なき破壊者がいた、ということなのでしょうね。
もしくは、悪意ある破壊者かが。
(値段じゃねえ!価値は価格じゃないんだ!そことは別のところにあるんだ!でもアフィはクリック!)
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