CHUFF!! チャフで行こうよ。

もう、何でもありです。ヒマつぶしにどうぞ。

CHUFF!!ってのは、「おっ、なんかいいよね!」って意味です。チャフっていきましょうよ!

And I saw her standing there. その2

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その1はこちら

洋楽、ジュークボックス、レモンスカッシュに缶詰のチェリー。

彼女は俺が英語を分かるのを、もちろん知らない。

 

俺がジュークボックスを覗くと、

エルヴィス、カール・パーキンス

かぐや姫、イルカ、レッド・ツェッペリン

北島三郎・・・。

 

誰が、どういう組み合わせをしたのかは分からないが、

これらがシングルレコードで入っていた。

俺はエルヴィスの「ブルー・スゥエード・シューズ」を選んだが、

鳴らすには金を入れなければならない。

彼女は一旦コンセントを引き抜き、

機械の底あたりを触ってから、キーをいくつか叩いた。

 

One for the money
Two for the show
Three to get ready , and four to go

 

俺がジュークボックスにしがみつくようにして聴いていると、

店の電話がなった。

 

女性は何かを小声で話している。

しばらくすると「ちょっと留守番しててね」と言って出て行った。

 

同じ要領で、タダで何曲か鳴らしていると彼女が帰ってきた。

 

頬が少し赤く腫れ、アイラインが崩れていた。

夜の街の、しかも昼間。

 

こういう時に何かを質問してはいけないことは、既に知っていた。

 

俺は気づかぬ振りをしながら、黙っていた。

曲はツェッペリンの「移民の歌」に変わっていた。

 

「あたし、帰るけど、最後に何か飲む?」と彼女は言った。

俺は首を横に振った。

「じゃあね。もう、この店も辞めるからさ。8マンちゃん元気でね」

と彼女は突然言い、裏口のドアを開けて出て行った。

夏の光が薄暗い店の中に差し込み、俺はすぐにドアの所まで追った。

ビルとビルに囲まれた裏通りなのに、真上から強い光が差し込み、

すえたドブの臭いが鼻についた。

 

ビールケースや空き瓶が転がっている狭い道を、

赤いハイヒールを履いた彼女は足早に歩いて行った。

 

その足を止めることなく、振り向くこともなく、彼女は手を高く挙げて振った。

それが、彼女を見た最後だ。

 

店にいると、しばらくして主が帰ってきた。

なんとなく機嫌が悪い。

俺は事情を話そうとしたが、主に「帰るぞ」とだけ言われた。

軽トラには主の奥さんが座って待っていた。

3人で黙って店に帰り、次の荷物を積み込んでまた配達に向かった。

 

ラジオからは「コパカバーナ」が流れている。あれは何年だろう。

多分1980年にはなっていなかったから、79年か78年だ。

 

それからも毎日パブに配達のために寄ったが、誰もいないのが常だった。

そして時々、主はどこかへ小一時間ほど消えた。

 

夏の終わり、俺はそのギターを手に入れた。

 

何があったのか、俺は知らない。

だけど、あの夏の日、缶詰から3つもチェリーを出してくれた、

カーリーヘアのお姉さん。

 

「キャバレー」と言う映画を、後に観た。

ライザミネリが振り向かずに手を振る別れのシーンがあった。

俺は彼女のことを思い出した。


少年に夏を刻むことのできる女性を、

偉人と言わず何と言おうか。

 

俺は恋をしたんだ。

歩いて去ってゆく彼女に。

 

      (おしまい)