CHUFF!! チャフで行こうよ。

もう、何でもありです。ヒマつぶしにどうぞ。

CHUFF!!ってのは、「おっ、なんかいいよね!」って意味です。チャフっていきましょうよ!

雨の慕情 パンサーというオートバイ

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通っていた高校の裏に小さなラーメン屋があった。

製麺所を兼ねていたその店は、たいして美味くもないのだが、

よく授業を抜け出しては塀を乗り越えて食べに行った。

 

その日は雨が降っていた。

梅雨の真っ最中で何日も雨が続いている蒸し暑い日だった。

ラーメンを食い終わり、煙草を吸いながら、

開け放たれた入り口の外を俺は何となく見ていた。

店の向かいにはシャッター付きのガレージがあり、

初老の男が古いオートバイを磨いているのが見えた。

 


今更授業にもどるのもかったるく感じたので、

そのガレージに近づいてオヤジに

「見せてもらっていいですか?」と尋ねてみた。

そのオヤジ

 

「んじゃあ100円」

 

と笑いながらぬかしやがった。
びっくりした俺がマジで100円出そうとすると、

 

オヤジは

「アホか、お前は!煙草1本よこせ」

と笑いながら言う。

俺はショートホープを差し出した。

更にオヤジは

 

「煙草と言えば火だろうが?」と。

 

俺がジッポーを出して火をつけてやると、

 

「やっぱ、マッチでつける方が美味いなあ。

俺はマッチ派やねん。

ところで兄ちゃんもイッチョマエにオートバイ乗るんかい?」

「はい、赤いタンクのCBです」と俺は答えた。

 

どうにもそのオヤジの言い回しが絶妙で、つい笑ってしまう。

腹がたたないのである。そして二人で何故か笑った。

 

オヤジはやっとその古いオートバイのことを説明し始めてくれた。

イギリス製の350ccで、一時期乱立したメーカーの一つらしく、

タンクには Panther と金色で画かれていた。

 

黒いタンクに、小豆色のフェンダー

各部には細く美しいゴールドの2本線。

詳しい事は当のオヤジにも分からないらしい。


「音聞きたいか?」

「是非」

「煙草もう1本くれよ」

 

そのタバコをちゃっかりと耳にはさみ、

吸っているタバコの火も気にせず

ティクラーを動かしてオーバーフローさせて、

キック1発で始動させた。

 

単気筒のフィッシュテールからは、

低い弾ける音が吐き出される。

 

「アクセルにさわりたいだろ?」とオヤジは言った

 

俺が軽くアクセルを捻ると、

エンジンが止まってしまった。

オヤジは腹を抱えて笑い出し、

耳に挟んだ2本目のタバコに火を移しながら、

 

「こうやるんだよ」

 

と再度エンジンをかけて、

アクセルを大きく捻った。

 

なんて言うのだろう、ああ言うのは。

上手くは言えないんだけど、

狭いガレージの中で泣き出したくなるようないい音だった。

 

俺が礼を言い、学校に戻ろうとすると、

オヤジはこれ見よがしにエンジンを吹かせて、口の端を歪めて笑った。

その後は俺を完全に無視してワックスアップに戻った。

当時流行っていた八代亜紀の「雨の慕情」を口ずんでいた。

 

 “雨、雨、降れ触れ、もっと降れ
 私のいい人連れて来い”
 

今でも当時の事を思いだす。

ラーメン屋がまだあるかどうかは知らない。

あのガレージのオヤジも、

もう生きていないだろう。

赤いタンクのCBは手放した。


それでも俺は、雨の中で聞いた排気音と、

オヤジが口ずさんだ八代亜紀を思いだす。

 

 

またそんな雨の季節が通り過ぎた。
さあ、夏が来る!

 

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アカシアの雨がやむとき

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