マダム・アパルトメント その2 フランスのお話
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マダムの好きな、安藤広重の話をしながら、
若い彼女は好奇心を抑えられません。
さっき使ったパウダールームだけでも、彼女の屋根裏部屋より広いのです。
この部屋に住むマダムは、なぜ杖をつきながら、コインランドリーに来るのでしょうか。
「マダム、なぜあなたはコインランドリーに来ているのですか?この部屋の素晴らしさや、ニャンもいるのに、なぜですか?」
「まあ、日本人はそういうことに興味があるの?そんなことまでニャンにばかりさせていると、私はこういう出会いを失ってしまうじゃないの?それにニャンも若くはないのよ。部屋の維持だけで、彼女も疲れてしまうわ」
「暇つぶしと、健康のためですか?」
「もっと切実な理由があるのよ」
「それはなんですか?」
「洗濯機をおく場所がないのよ。それに乾燥機もね」
「この部屋のバスルームより狭い部屋に私は住んでいます。私の部屋に比べたらそれくらいの空間はこの部屋にはありますよ」
老女は大声で笑い出し、しばらく自分のタバコの煙にむせていました。
「日本のユーモアを理解したつもりでも、まだまだ分からない事だらけね」と紅茶を飲んだ後、タバコを消しながら老女はいいました。
「あなたは勉強をしにきているのだから、部屋は、まあどうでもいいでしょう?私はここに住んでいて、そう遠くなく死ぬの。できればこの部屋で」
「私の語学力が足りないのか、いまいちよくわからないのですが」
「この部屋のどこに洗濯機を置いたら、似合うと思う?そんな場所は、私には見つけられないのよ」
「場所ですか?」
「そう、似合わないのよ。それは仕方ないのよ。狭いから」
彼女は大いに納得し、確かにここに洗濯機を置くくらいなら、みぞれの中をコインランドリーまで、洗濯物を抱えて歩く方が賢明な選択かもしれない、と思ったそうです。
「ときどき、ニャンが、私のジュエリーをくすねるの。きっと故郷の家族に送っているのね。私は気づいているけれど、そのままにしているわ。多分彼女もそれに気づいている。でもそれでいいのよ。必要なものでもないのだから、役に立つところにいけばいいのよ」
「本当にそれでいいのですか?」
「私もね、ときどき彼女が持っているお菓子を盗むの。気づかれてはいないと思うわ」
ニャンが、紅茶の入った新しいポットを持って、注ぎにきました。
老女は彼女にウィンクし、新しいタバコに火をつけました。
(おわり)