CHUFF!! チャフで行こうよ。

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回顧録: アル中の友人の断酒体験

今週のお題「自分で作った◯◯」

今回は重い。

なんせ、死線の限界まで行ったアル中の回顧録というか。

彼の名はゴムという。

ワタイの古い友人だ。

ヤツには自分で作った断酒のやり方がある。

最近奴を当ブログに誘ったら、案外乗り気で書いてくれてる。

ワタイが書いた彼の紹介記事はこちらである。

 

chuff.hatenablog.com

 

ヤツと話していて、こりゃかなり脳みそ溶けとるなと思うことはある。

それでも一社会人として、ギリギリ成立しておる。

そんなヤツが誰に言うでもなく、誰かに聞いてほしいことを書いてきた。

それが深夜の1時ころ。

文章はかなりデタラメでハチャメチャであったが、ワタイが編集した。

よって、文責はこのワタイにある。

まあ、こういうのもブログの一つの形であろうな。

同時にヤツへのワタイからの微力ながらの援護射撃とも言えるかもしれんな。

 

 

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件名: ワタシというもの
 
ようやく夏が去る。
また一年生き延びた。
 
よくよく考えると、「8」の四方山話ブログに招待されたものの自己紹介がまだであったな。
 
ワシには文才というものが無い。
「8」のようなひとつの事柄をマントル近くまで掘り下げ
マグマ溜まりで大火傷するようなヒリヒリする文章は書けない。
ゆえに目指しておるのは、読んでくれた人がクスッと小笑いし
5秒後には忘れる事が出来る読み物なのだな。
まぁ、こんな場を借りて自分の事なんぞ語るとは、
ワシもだいぶ焼きが回ったものだ、と遠い目をしてみる。
 
しかしな、こうやってキーボードを叩いてみたくなる時ってない?
ひとりキーボードを叩いている只今は25時を回ろうとしている。
ちょっとしたおセンチな時間である。
うざかったらココで読むのヤメテね。
 

この世に生を受け、半世紀以上過ごさせてもらってきた。
こんなワシにも子供の頃というものがあった。
お世辞にも賢いガキではなかった。
大人から見ると可愛げのないクソガキであったろうと思う。
ワシは標準的な家庭の出身である。
両親、歳の離れた兄、その2つ下に姉。
暫く経ってワシが生を受けた。
ありふれた話であると思うのだが、ワシが生まれたには経緯がある。
 
 
母が兄を産もうとしたときのこと。
当時の医学では死産を産婦人科医から勧められた程の難産だったらしい。
無事に生まれてこられたのは奇跡としか言いようのない事と聞く。
そんな兄は、弟のワシから見ると大変つまらん人間で、毒にも薬にもならんヤツなのである。
常に偏差値は全て50。
コレといった趣味も無く、普通の会社員として定年まで勤め上げ、現在のところトヨタ系のレンタカー屋で年金支給までバイトをするんだと。
はいはい。一つも抜きん出たところのない50点オジイの出来上がりである。

後に触れるが、そういう人生もいいではないかと今なら思える。


さて、兄の2つ下の姉。
実はワシは会った事がない。
写真で見ると、それは可愛らしい少女である。

しかし、白血病に罹り幸せというものを知らずに旅に出てしまった。
ワシが生まれる前のことであるから、あまりに本人のことを知らなさ過ぎる。
よってこれ以上拡げる話題がない。
両親とも辛すぎて語ろうとはしなかった。



そこで、兄一人っ子では可哀想ということで、この小憎たらしいワシが受精された訳である。

遅く出来た子は可愛いとはよく言ったもので、親父からシバキ上げられた事は一回しかない。
これは前回話した。

就職はバブル期。
要は甘ちゃんなのである。
それもバカな方の。
就職先でアホほど苦労した兄貴と違って、望みさえすれば海外留学だってできた。
まあしたとして、何が実りがある留学になったか?はこの際捨て置く。
まぁ、この場ではワシがどんな進路を選んだのか?が話したい訳ではない。

バカなガキがやりたがる事なんて、昔から決まっている。

尾崎豊やらに感化されまくり、
口癖と言えば
「だりーのう」
大人たちがして欲しくない事をあえて選んで、それで遊ぶのが楽しくて仕方がなかった。

今インタビューを受けたとして、人に言ったことのない秘密を教えて下さい!
などとコキやがるアホがおったら、

「秘密じゃけえ人に言えんのじゃ!」
 
と、ボコボコにさせていただくだろうと思うほど、人に言えないことをしてきた。


そうこうしながらいろんな人間と出会えて、宝物のような時間を共有したり。
それはそれは結構な無茶をしてきたとは思う。
今、自分が自分の親なら、人様を殺める前にワシの手でブッ殺しておこうと思うかもしれん。
我ながらまあ、滅茶苦茶した。
でも、まだこうして家もある。嫁もおる。年頃のムスメもおる。
普通に仕事も出来てた。

まだワシが5歳位の時、身体が弱くて喘息持ちだった。
オカンに町医者の所に何回連れて行ってもらったことか。
そこ、その町医者の口癖がこうだった。

「坊主、おまん大人になった時のう、酒はなんっっっぼ飲んでかまん! でもタバコはやりなーよ!」

おい、ヤブ医者!
オメー、そりゃ540°違うど!
ワシャのう、オメーの言ったこと何ぞこれっぽっちも覚えとらん。
じゃがのう、酒を飲み続けたワシは立派なアルコール依存症になったわい。
ほんでのう、、、
ワレのせいじゃないんじゃが、

今じゃ肝硬変じゃ。

相当血も吐いた。
劇症肝炎にもなって余命宣告された。
全身黄色の黄レンジャーにもなった。全身あちこちに青タンが出まくる。
血小板が蚊も噛まんくらいしか無いおかげで親知らずが未だ抜歯出来ん。
好きな仕事も内勤しか出来ん。
血液がサラサラを通り越してシャバシャバじゃ。
免疫ガタガタで敗血症で一度死んだ。
 

どう?こんなバカなオッサン。
でもね、でもね、誰にも頼らず一人で断酒出来たの。
こんなバカでもわかる。
次に飲んだら死ぬ。
こないだ「8」にポロっと言ったんだ。
でかい球が急な坂道で小石に引っかかって止まっとるだけ。
断酒ってのは簡単なことじゃ。
 
飲まなきゃ死ぬと思ってる自分を、飲んだら死ぬと思うだけじゃ。
 
死ぬ気になりゃいつでも死ねる。
そのへんのコンビニに寄って、軽く飲みゃあいいだけじゃ。
理屈をこねる必要もなければ、考えても無駄なことじゃ。
飲んだら死ぬという現実を認めたらええだけじゃ。
 
しかし、まだここにおるという事は、まだ何かやる事があるのだろうか?
最近少ししんどくなってきちゃってさ。
こうやって愚痴半分で言いたい事をブチまけたいのよ。
 
ワシの親父は20年以上前に旅に出た。
ワシら3人の子供を産んでくれたオカンより先にはどうしても逝く事は出来ん。
人一倍迷惑心配かけてきた。

平凡でつまらんベタ凪人生の兄貴みたいな生き方やと、親は安心してくれるんやろなあ。
 

ここへ来て最後の方が見えてきたというのに、心配をかけるクソみたいな息子を許してもらいたいなあ。
 
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いろいろ思うことはある。
彼のお母さんも具合が悪いのかもしれない。
断酒を持ちこたえさせている小さな石が崩れそうなのかもしれない。
 
30代の前半に、ワタイもヤバい時期があった。
浴びるほど飲んでいた。
しかもジンばかりストレートで飲んでおった。
ある日バーで注がれたジンから花の香がした。
タンカレーからは絶対に香らないスミレのような香り。
酔った頭でも、それが幻臭だと気づいた。
何度もその香りを深く吸った。
他から見ればかなり奇妙に見えただろと思う。
香りだけ吸っては、タバコを一吸い。
それを小一時間ほど繰り返して、飲まずに店を出た。
 
あれが分かれ目の一杯だったと今でも思う。
あれを飲み干していたら、多分今のゴムになっていた。
ヤツの大きな石は小石でかろうじて止まっている。
ワタイの場合は、たまたま小石の前で立ち止まっただけ。
この差は全く持って僅かなもので、実にたまたまだったと思う。
 
願わくば、ゴムの小石が金剛石であってほしいなと思う。
酒や薬で多くの友人と疎遠になってしまった。
ゴムと今の関係が細くでもいいから続けていけたらいいなと切に思う。
 
その晩、最後にヤツはこう言った。
 
「8っさん、無理はしなさんなよ」