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「月がきれいですね」の意味を考えてみようよ。後編

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伊藤先生の饒舌な漱石話から、

前回は「月がきれいですね」の背景を考えました。

 

chuff.hatenablog.com

今日は二葉亭四迷ですが、

彼の訳「死んでもいい」を考える時にも、

実は、この漱石への考察が大事になるんですね。

まあ、前編をお読みになってから、本編を読まれてはどうですか?

どうせ、そんなに急いでもいないんでしょう?

いい年して、スマートニュースとゲームしかしてないんでしょう?

クスクス。

 

ではさっそく。

 

 

再び伊藤先生の人柄

 伊藤先生は、

いちいち癇に障ることを言うのです。

たとえばこんな感じで。

 

彼は今の東京外大の出身となるので、

同門とはいえないけれども、

格下といえど学ぶべきことはある、と言う見本だ。

 

ヤな人と言えば、ヤな人ですね。 

でも私は好きでした。

 

漱石に話を聞いた二葉亭は

ムッとしたわけだな。

「赤門上がりが、気取ってんじゃねーよ」

と言う感じだったらしい。

まあ、いじけておったのだな。

仕方なかろう。人間とはそういうものだ。

 

まあ、そう言う感じの人でしたね。

嫌味の中に、教養のペーソスがある感じです。

 

二葉亭四迷の男の「愛」

これもね、実は何を訳したのかは

不明なんです。

伊藤先生による、解説を見てみましょう。

 

そこでだ、二葉亭は「強さがねえな」、

と言ったらしいのだな。

よく考えてみたまえ、諸君。

ついこの前まで、新撰組だの、

西郷だのが、ドンパチやっていたわけだ。

どの家に刀やピストルがあるか、

わかったもんじゃない。

油断ならない時代であったのだ。

そんな時代に、男と女が相互に

「I love you」

「I love you,too」

と言うのは、相当な想い入れなわけだ。

当代の若者とは、根性が違うわけである。

違うかね?

 

なるほど!確かにそうだ!

しかも、明治なら日本はまだまだ貧しい。

二葉亭や漱石の親世代は、

戊辰西南などの渦中にいたわけだ。

そりゃあ、かなり物騒だ。

 

そこでだ。

男が万感の想いを伝えるってのをだな、

二葉亭は学もないのに、

良い訳をしたわけだ。それは

 

「君を守りたい」

 

と言う訳だったわけであるな。

 

この言葉は今と違い、

本当に命がけの可能性があるわけだ。

多少粗野な気もしなくもないが、

胸に来るものがあるだろう?

 

うーむぅ。

全員唸ります。

 

二葉亭四迷の女の「愛」

こんなこと言われて、

ときめかない女子は、欠陥品だ!

では、女子がそれを言われて、

「私もよ」では、かっこがつかないだろう?

そう思わない人は、

頭が悪いので日本語をやり直すべきだな!

ちなみに、二葉亭がこれを言ったのは、

銀座界隈のビアホールでの話だったと、

母校では言われておったな。

 

今なら問題発言かもしれませんね。

でもね、良いじゃないですか。

知性というのは、ある意味暴力的なのです。

 

ここで、「お願いします」とか、

「嬉しいです」とかは、粋じゃない。

なので、二葉亭の出した答えは、

 

「死んでもいいわ」

 

なわけだ。

これは、大いに学ぶべきところがある。

こういうのを聞いて、また無知を諸君たちが

さらけ出さないように、解説を加えるのが、

教鞭をとる私の責務だな。

違うかね?

 

もう、生徒は伊藤先生にメロメロです。

全員が同意の顔で、さらに身を乗り出します。

 

二葉亭に対する解説

西洋から来た「愛」というのは

契約の概念だ。

なにも銭勘定などという、ゲスな話ではない。

伸るか反るかには、リスクを承知で、

のらねばならぬということだ。

故に、甘ったるいものではない。

漱石も、ナニの奮起を制御し、

二葉亭は「命」そのものを

賭ける宣言をしたわけだ。

それを、やり遂げられるかはわからない。

ただ、その時、その二人には、

世界が滅ぶかどうかよりも、

大事な何かがあったわけであるな。

それを、説明するのは野暮ってもんだ。

こういうのは、キリがないのでここまで。

そこまでわかったところで、

35ページ4行目から始めよう。

 

何事もなかったかのように、

伊藤先生は授業に戻ったのです。

生徒は、ついていけません。

余韻に浸りたいのです。

そこで、一人がこう言いました。

 

「先生、少し待ってください」

 

先生の答えは

 

「家に帰って、風呂に入っているときにでも考えなさい。

今はその時ではない」

 

痺れましたねえ。

 

まとめ

何十年も前に、口伝で伝わっていたことが、

ネットに流れていったのでしょう。

ただ、ネットの問題点として、

伊藤先生のような、深い知識や、

喋りの抑揚、韻の踏み方、

皮肉、面白がり方、

そのようなものは得られません。

 

同じように、「愛してる」などという言葉が、

氾濫した世の中では、漱石も二葉亭も、

「気の利いた言葉」くらいの扱いでしょう。

 

しかし、明治の日本の中で、

外国語をなんとか日本語に訳そうとした、

高い知性が存在したわけです。

その背景にある、時代、暴力、それらを

想像し、先人に敬意を払ってもいいと思います。

 

最後になりますが、日本に初めて聖書が入ってきた時、

それは室町後期と言われていますが、

当時の天才が「愛」をなんと訳したかを書いておきます。

それは

 

「お慈しみ」です。

 

なんとも美しい言葉だと思いませんか?

 

(素晴らしい!伊藤先生、あの時は感動しました!万感の想いは「クリック」が今時!)

 

 

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