弱い者いじめってのは、不思議な言葉だ。
イジメられるほうが弱いに決まってるじゃねえか。
強いものいじめって言葉がねえのに、弱い者いじめだと抜かしやがる。
じゃあ、逆に強いのをイジメたらどうなるんだ?
誰かやってみろよ。特に、小松先生!
まあいい。
俺は煙草を吸いながら、コンバットブーツで坂を下る。
そいつは、いつものそこに、あいも変わらずいやがった。
サングラスしている俺の目から見ても、松葉杖はキラキラしている。
雨に打たれ、風に晒され、
ところどころに白い粉が吹いているものの、
そいつはいまだにきちんと松葉杖だ。
ゴムが硬化して、プラスチックのようになり、
ひび割れ、汚れ、折れそうなほど傷んでいるのに、
なんてこった、こいつは松葉杖だ!
俺がグッと引っ張ると、
松葉杖を手すりにつないでいた鎖は、あっさりと千切れ、
俺は松葉杖を持ち上げ陽にかざしてみる。
確かに松葉杖だ。
誰かの足を助け、そいつを歩かせ、
ついには何らかの事情で無用になり、
忘れ去られたままここにある。
松葉杖だ!
100人いれば、100人が「松葉杖」、と答える完璧さ。
なんだ、この完璧さは。
これは、スターってやつかもしれない。
イヤ、待て、もっと観察だ。
うーん、これは1000人でも、一斉に言うね「松葉杖!」て。
これは凄くねえか?
いや、すげえよ。
もう、ファシズムだよ。
ブレーンウォッシュ!
それでも、抱かれたいもの第一位、それは松葉杖!
もしかしたら、それはエルヴィスより、ジム・モリソンより、マイケルよりもっと、そうスーパースターだ!
叫べ、歓声を上げろ、道を塞ぐな、松葉杖様のお通りだ!
草野球だってできそうだし、
ラクロスだってできるだろう。
小松先生を殴り倒すことだって朝飯前さ!
そうさ、闘争する松葉杖、まさに政治的な物事の見方、そのものじゃねえか。
おっと、こいつは危険だぜ。
なにせスーパースターだ。そう、
スーパースター!
スーパースターだ?
そう、スーパースターだ。
俺は松葉杖を、
公園の脇にあるほとんど水が流れていない川に向かって、目一杯投げ捨てる。
長い銀色の、槍のような矢のようなそれは、
俺の目の前でその腰をわずかに捻りながら、落ちてゆく。
煙草を一息吸う間もないほど後に、
予想よりも大きい乾いた音を立て、俺の視界から消えてった。
これでいい。俺は煙を肺いっぱいに吸い込む。
これでいい。スターの最後は常に悲劇だ。
俺が考えられる最高の悲劇だ。空を飛んだ、その銀色。
投げ捨てられる。
そのうち、鉄砲水がやってきて、そいつも流れてしまうだろう。
それでいいんだ、松葉杖。
お前はスーパースターの星の下に生まれた。
お前を投げ捨てた俺は、どうにもこうにもやりきれない。
それでもお前を投げ捨てたんだ。
少しは感謝しろよ、スーパースター松葉杖。
あの、空を飛んでいる間、お前は本当に完璧だったんだから。
喩えるなら、真夏。
喩えるなら、白いシャツ。
チッ、嫉妬しちゃったじゃねえか。
(おしまい)
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