俺はハードワーカーだ。
一所懸命働くからではない。
いくら働いても報われぬ仕事をしている人を、
ハードワーカーと呼ぶのだ。
ほっんと、最近特に報われてない気がする。
そんな俺は、遅い昼飯を食べに出た。
若い後家さんの切り盛りするラーメン屋に向かった。
その後家さんは、薄幸を形にしたらこういう人だろうと思われる、
一種の美人さんなのだ。
よって、ハアハア言いながらラーメンを食べるのだが、
これがまた実にいい。
お釣りを貰わなくていいように、ジャラ銭で払うと、
「お気遣いありがとうございます」と言いながら、
深いシワを刻んだ、気だるい笑顔を作ってくれる。
そこがまたいい!
俺は一体何を言っているのだろうか?
そんな事を考えながら、小雨の中を歩いて行ったのだが。
今日は休みだった。また何か不幸が訪れたのだろうか。
まあいい。
さて、どうしようか。
丼ものは気分ではないし、
馴染みの店はほとんどが中休みの時間帯である。
ふと入った事がない古びたラーメン屋に入ってみる事にした。
じいさんとばあさんがやっている、よくある横丁のラーメン屋だ。
その名「来々亭」
神戸では老舗のメンズファッションMr.Bond
の隣だ。
入ると、主夫婦も遅い昼食らしく、ラーメンを食べていた。
俺はハードワーカーらしく、
「いいかい、大将?」と言ってみた。
気難しそうなジジイがこう言った。
「いらっしゃいまんねやわ~」
いきなりの、すでに消えかけた文化の登場に、
俺は虚を突かれる思いをした。
しかし修羅場を生き抜いてきた本能は、
俺にカウンターを打たせた。
「おじゃましまんねえんやわ~」
瞬間、鋭く青い火花が飛ぶ。
やれやれ、昼飯さえ簡単に食えねえな、この街じゃあ。
「先に大将たちが食いなよ、ラーメンノビちまうぜ」
「肩までのびたら結婚しようよ~♫嫁さんはおるけどな」
ジャブの猛攻に、俺はくじけそうになる。
そこで、ハズレのないストレートを打ち込む。
つまりチャーハンセットだ。
外は本降りになっている。
「ど~ぞ、うちは飲み放題でっさかいな~」
と主は俺の前に水を置く。
まいったぜオヤジ。
まるで暴発しかねないトカレフを、
わき腹に押し付けられているようだぜ。
隙を見せないまま、
俺がまんじりともせず厨房を睨んでいると、
まるでバタフライナイフの閃光のように、
ラーメンとチャーハンが俺の前に出る。
「これは壊れてないけど、いつもコショー。使ってな」
くそう、やられっぱなしじゃねえか。。
「それから、これかけて食べてな、美味しいさかい」
「これはなんですか?」
「企業秘密~っ」
くそう、くそう。。
食べてみると、美味いじゃねえか!
そこへ、リング外から乱入者が来た。
考えられないほどに派手な、ギンギラしたバアさんだ。
「餃子セットの、餃子抜き~」
「つまりはラーメンでっしゃろ~」
「そう言うてもたら、身も蓋もない~」
なぜみんな、語尾を伸ばすのか。
しかも軽くシャープしたビブラートで。
くそう、くそう。。
しかし、俺は確かめねばならない。
俺の予想通りならば、
オヤジはあのクラッシャーフックを使うはずだ。
「ごっそさ~ん~(半音上げ)」 俺は誘い水を打つ。
「750万円~っ」
やはり、やはりか。ここで使うのか!
「ち~っと足らんけど、この手形でたのんます~っ」
俺は千円札を出す。
「ほな~っ、お釣りは250万円~っ。足らんぶんはつけときますんで~っ、通ってくださいね~っ」
ダブルフックに打ちのめされた俺は、
土砂降りになった外に出た。
ここは、元町高架下。
誰もが戦っている。
普通にラーメン食いたきゃ、三宮に行きな。
いいかい、心のトカレフを磨いておけよ。
どこから、何が飛んで来るか分からねえ。
ここで昼飯を食う気なら。
線路の下はハードワーカーの吹き溜まり。
ここは元町高架下。
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