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奥羽列藩同盟はかなりイケてた。The Soul of Japan 武士道 その11 

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前回、ついに幕末まできました。

chuff.hatenablog.com

 

新渡戸稲造の「武士道」まであと一歩ですが、

幕末のもう一つの姿、奥羽列藩同盟について、

ちょろっと書いておこうと思います。

 

というのも、将軍が尻尾巻いてしまったあと、

彼らはなぜ闘ったのでしょう。

そして、彼らは何を目指していたのでしょう。

 

究極の「忠」の相手の将軍に見捨てられたわけですし、

もう一つの「忠」の朝廷からも敵視された彼ら。

ただの時代遅れの男たちだったのでしょうか?

 

いいえ、そうでもないようです。

 

 

 

冷静に考えてみましょう。

江戸時代の「藩」は、いわば独立国家です。

ですので、各藩との付き合いは「外交」をやっていたわけです。

今の日本のように、統一された国家イメージは、

ないとは言いませんが、かなりゆるいのです。

 

よって、各藩の「外交」は、隣藩であろうと、

海の向こうの異国であろうと、同じレベルだったのです。

つまり、情報はかなり入ってきていたわけですね。

ですので、時代錯誤の「佐幕派」で、

幕府に固執していたわけでもないわけです。

 

その理由は簡単です。

この変革の時代に、

彼らとてそのままいけるとは思っていなかったわけです。 

表立った理由は、Wikiにあるとおりだと思います。
 

奥羽越列藩同盟 - Wikipedia

 

しかし、ことはそう単純ではなかったようです。

 

行政のエリートたちが考えていたビジョン

最近、このあたりの研究が飛躍的に進んで、

いろいろ分かってきたようです。

いろんな文献があるので、

ここはかなり乱暴にまとめます。

世界の趨勢は「議会制」に移行することは、

既に理解していたようです。

そこで彼らの思想の中に芽生えたのは、

藩の殿を「代議士」とし、大名たちからなる、

一種の貴族院を一旦作って、そこから最終的に、

選挙による議員制の確立を目指したようなのです。

彼らの中には、このままでは、

薩長が主軸となる新しい「幕府」ができてしまう、

という思いはあったようです。

 

ここで、「武士」として、殿様の延命をし、

武士の主たる収入源である「土地」の、

独立性を維持しようとしたようなのです。

 

つまり、統一中央集権国家を目指す官軍と、

共和国連邦制国家を目指す奥羽越列藩同盟の戦いが、

戊辰戦争だったということになります。

 

「武士道」との関係性

「武士」は正規雇用者であると書きました。

chuff.hatenablog.com

ですので、その給料の素は、

その土地からの上がりです。

その独立性を守ることが、

正規雇用」の生き残る道であったわけです。

 

一方の「侍」たちは、そうでもありません。

土地以外の「税」によって、

新しい正規雇用にされたい人々です。

そのためには胴元である「政府」が、

「税」を全国から取る必要があり、

土地の独立性など、

認めるわけにはイカないわけです。

 

こう考えると、幕末に飛び交う「武士道」とは、

正規雇用のための闘いの、精神的支柱であり、

問題は、その胴元となる体制を、どう作るかということが、

分かれ目だったというだけのことになります。

 

身も蓋もないものを、あるかのように

思想というものが、純粋に思想たれた時代は、

どうも人間の歴史にはないようです。

それぞれの社会活動や経済活動を、

真っ当なものだと思わせたり、

自分で思ったりすること自体が、

思想のようです。

これは「武士道」に限らず、

あらゆる思想はその側面を持ってます。

これまた乱暴に言うならば、

新興勢力が食い込む大義名分、

と呼んでもいいのかもしれません。

そして、思想というものは不思議なもので、

ずっと昔からそうであったような気になるのに、

ほんの20年ほどしか必要ないものでもあります。

 

一つの例をあげておきましょう。

専業主婦が「昔の日本」を表している、ということ自体、

かなりの幻想です。

専業主婦の歴史は案外浅く、核家族の専業主婦は、

明らかに戦後の高度経済成長期に発生したものです。

理由は単純です。

日本が貧しかったのと、実は給料と言う現金が支給されるまで、

多くの人は、何らかの形で働いていかないと、

生活が成り立たなかったわけです。

しかし、昭和も50年を超える頃には

「専業主婦は古い慣習」というイメージが出来上がります。

 

そして今、また「専業主婦」が、

一部の特権のような形になりつつあるわけです。

歴史を振り返りますと、もともとそういうものだったわけです。

20年と言う時間は、日本のパラダイムでは、

重要な単位かもしれません。

 

まとめ

さて、こうなってくると、

もう「武士道」がなんなのか、

全くわからなくなってきませんか?

 

それでよいのです。

もともと変遷し続け、

その時代時代に、都合よく選択されるものが、

思想ですので、武士道も混沌としていたはずです。

 

混沌としているのですから、

どう言おうと自由なわけです。

だって、だれも知らないわけですから。

なんとなく、話の筋が取っていれば、

そんな気がするわけです。

そんな気がしていればいいのであれば、

何も武士に限るとは思えなくなりません? 

 

どうです?そんな心当たりありませんか?

 

「そんな気がする」って感覚。

 

武力としての「武士道」から、

日本人全員に流れてゆく、生き様としての、

「武士道」が登場する下地は、

このあたりで成立したことになりますね。

 

まぜなら「気分」は、

誰からなしに、伝染ってゆくものなのですから。

 

(まあ、これも一つの意見でしかないわけだけれどもね。まあ興味があればクリック!)

 

 

 

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