CHUFF!! チャフで行こうよ。

もう、何でもありです。ヒマつぶしにどうぞ。

CHUFF!!ってのは、「おっ、なんかいいよね!」って意味です。チャフっていきましょうよ!

桂林の雷 オスマンサスホテル

f:id:gemini-yahata:20170910151655j:plain

桂林と言う街は有名ですよね。

桂とは、中国語で金木犀のことです。

その名のとおり、街中にその木があります。

秋の初めに訪れると、街全体があの香りで埋め尽くされています。

 

かなり特殊な形で、しばらくあの街で暮らしたことがあります。

まだ、オスマンサスホテルがあるかどうかは知りません。

そのホテルに、少しばかり思い出があるのです。

 

 

あれは、天安門事件からまだ数年しか経っていませんでした。

当時の中国がどういう状況だったのか、

私の知る限りで、ざっとお伝えしようと思います。

 

当時、外国人が入っていい街を「開放都市」といい、

全体で3割程度だったと思います。

「非開放都市」には軍事上の理由もあったようですが、

そのほとんどは、あまりに貧しいので外国人に見せたくないという、

非常に中国的な理由が大きかったようです。

 

私は、ちょっと特殊な立場で滞在していまして、

何度かそういう地域に入りました。

日本とドンパチやっていた頃の映像とかあるでしょ?

こういうのに出てくる感じのね。

あの、まんまでしたね。

裸足のお百姓さんが、わずかな野菜を路上で売っていたり、

それを公安(警察ですね)が、棍棒でしばいたりと。

 

まさか、その後の展開でこうなるとは!と言う感じでしたね。

 

今の人民元とはちがう、外貨兌換券、通称ワイホイと呼ばれる貨幣があり、

外国人はこれに外貨を交換しなければなりませんでした。

身分証のいる乗り物、飛行機や列車では、中国人の倍くらい払わされてたんです。

また、ワイホイでしか買い物できないデパートが各地にあり、

だいたい友誼会館とかよばれていました。

 

そこは、外国人専用みたいなものなのに、なぜかしら中国人しかいません。

闇でワイホイを手に入れて、入手しづらいものを買うのが、当時の中国人のステータスでした。

ホテルも外国人には規制があり、安宿には泊まれないわけです。

最近、自転車で中国を旅している人のスレを見た時、とても衝撃を受けました。

4travel.jp

 

外国語を覚えるのは得意だった私は、

一ヶ月ほどで日常会話も問題なくなっていました。

各地を見たいと思ったので、ふらっと桂林に寄ったんです。

 

空港で、ホテルの客引きと知り合いました。

彼は中国語と英語しかできなかったので、

「よし、他の国のはオレが引き受ける。二人引っ張たらオレの宿代はタダにしろ。三人引っ張たら飯もただにしろ」

とか言ったら、すんなりそうなったんです。

 

そうなると、空港にホテルから毎日出勤するという、

不思議な形で街に滞在する旅になりました。

 

そうこうしているうちに、土産物売り場の女の子と仲良くなり、デートしたりして。

ある日、当時桂林では高級だった「オスマンサスホテル」でお茶してたんですね。

中国名はなんだったでしょう。桂花飯店とかだったように思います。

 

テーブルには、珍しく生花が挿され、コーヒーも美味しく、クロスは真っ白です。

その時嵐がやってきて、雷が激しく光っていました。

その光の向こうに、いわゆる山水の世界が数秒浮かび上がります。

壮大なショーのような、幻想的な時間です。

 

オスマンサスホテルは、川べりに建っていました。

ふと、その川べりをみると、乞食や癩病者がスラムを作っていました。

ホテルの窓から、白人がフルーツを投げたりしていました。

それが見えるんですよ、雷が光ったときに。

 

投げられたものを、川べりの住人が奪い合うのを見て、

彼らは大喜びしていたのです。

それをもらうために、彼らはそこにスラムを作って生きていたわけです。

それが、ピカっと光る中で見えるんです。

 

江の川下りは観光船で有名ですが、ここでもそれを見ましたね。

フルーツやお菓子を川に投げると、漁民が船まで泳いできて掴み取るわけです。

つかんだ人は、満面の笑顔です。

投げた人(主に白人、時に中国人)は歓声を上げて喜んで写真を撮っていました。

そして時々、子供や漁民は、スクリュウーに巻き込まれて死んでいたようです。

 

私は、あの時、世界の構図を少し知ったのかもしれません。

差別だとか、そういうチンケな感想ではなく、

構図という、事象です。

 

一緒にいた売店の女の子は、英語が得意でした。

私は、そんな彼女をMiss Sweet と呼んでいました。

とてもきれいで頭の良い女の子でした。

彼女は眼下の風景を気にしてはいませんでした。

 

雷に照らされた山水の風景、美しい横顔の Miss Sweet。

歓声を上げながら笑う白人と、我先にと手を上に差し出す乞食たち。

その中の顔の崩れた病者たち。

数秒おきに、それが続きます。

 

 

私は、コーヒーにミルクと砂糖を足しました。

 

翌日、私はその街を出ました。

なんとなく、その街をあとにしたのです。

 

もう、随分昔の話です。

 

(なんだよ!しんみりしちゃったじゃねえか!若いときの旅はいいと思うぞ!そこでクリック!)

 

D05 地球の歩き方 広州 アモイ 桂林 珠江デルタと華南地方 2017~2018
 
写真で見る中国〈3〉桂林の名勝 (写真で見る中国 3)