俺はウィスキーを滅多に呑まない。
モルトもあまり好きではないが、
グレンフィディックだけは別だ。
このウィスキーを知ったのは、
スペンサーという男が主人公の小説の中だ。
何年か前久しぶりに呑みに出かけた。
神戸オークラのバーだ。
俺に世間の裏と言うものを、
最初にいやと言うほど教えてくれた、年長の男と呑むためだ。
グレーのパンツに、
淡いパープルのギンガムチェックのシャツを着て、
紺色のニットタイをしめ、ブレザーを着た。
足下は磨いて光らせた、ストレートチップを履いた。
手には淡いグリーンの薄手のコートを持って。
今でもその男と会う時は緊張する。
服装にも気を使う。
身なりにうるさい男だと、経験から知っている。
まだケツの青いガキだった俺に、
様々な事を教えてくれたその男は、
当時堅気ではなかった。今もきっと似たようなものだろう。
最近のことは知らない。
でも、酒で乱れる事は絶対許されない。
最初の一杯を、グレンフィディックのロックでゆっくりと飲み、
相手の男はハーパーの水割りを、とても早いピッチで呑んでいる。
そのペースに合わせて俺も杯を空け続ける。
思い出話しに時間を費やした。
しばらくして気づいたことがあった。
その男は煙草を止めていた。
そして昔はあり得なかった事だが、
その夜は五分の付き合いだった。
その男が説教もせず、
おだやかに話しをしてくれていたのだ。
ラストオーダーまで呑んだ。
俺が勘定を払おうとするのを、
男は昔と変わらぬ厳しい視線で止めさせた。
分厚い札入れから数枚を抜いてテーブルに置いた。
そしてホテルにそのまま泊まる男は、
ロビーまで俺を送ってくれた。
別れ際そっと俺のポケットに万札をねじ込んだ。
「タクシー代だ。楽しかったよ,ありがとうよ」
昔と違い、今の俺はオークラのバーだろうが、
タクシーだろうが払う金はある。
それは男も分かっている。
しかし、昔と同じように若造扱いをしてくれる、
その男の気持ちが嬉しかった。
礼を言ってそのまま受け取った。
さして遠くもない帰り道をタクシーに乗って、
支払いをその札でした。
ツリは断った。
「いいんですか?」と訊く運転手に,
「いいんだよ、ちょっといいことがあってね」
道に出てみたら、足下がぐらついた。
酔いが急にまわってきたのだ。
その足のぐらつきも、不思議と楽しいものだった。
きっと最初のグレンフィディックが、
遠回りして巡ってきたのだろう。
そう考えながら、ベッドに倒れ込んだ。
世界が回って、意識がなくなった。
たまにはウィスキーも悪くはない。
その条件を揃えるのは、難しいけれど、
たまには、揃う事もある。
そんな夜だった。
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