俺は慎重に歩いた。
悟られてはならない。
平然とした表情をし、草の茎を一本口にくわえ、
夕闇の中を独り歩く。
人気は無い。
かといって、それは人がいないことを示してはいない。
歩くたびに、背中に冷たい汗が流れる。
その時、俺は文字通り命を懸けていた。
これがヤバイことはとうに知っていた。
どうなるか分からない。
徒手空拳とはこのことだ。俺には誰も味方はいない。
懐の中にあるものは、ヤバ過ぎる。
俺のおかれている状況がバレれば、万事休すだ。
ここまで俺は最善を尽くした。
言い訳になるかも知れないが、自ら望んでやっているのわけではない。
ただ、複雑な事情が、俺にそうさせたのだ。
俺は負けるわけにはいかなかった。
この荷物を、安全に届けなければならない。
夕暮れの中、目指す家が見えてきた。
問題は、その家に向かう坂道の両端に建っている家だ。
幸い、傾いた太陽が、その小道に暗い影を落としてくれている。
自然に歩くつもりが、つい小走りになる。
緊張から息は荒くなり、暑くもないのに髪は汗でぐっしょりと濡れている。
むしろ、肌寒いような感覚さえ覚えている。
あのドアさえくぐれば安全だ。
100メートル、50メートル、20メートル、俺は歓喜の声を心の中に歌い上げる。
しかし、あと10メートルの所で、その荷物が動くのを全身で感じた。
俺は立ち止まった。
しかし、同時にタイムリミットが迫っていることも知っている。
ばあちゃんが
「8マンどうしたよ?真っ青だよ」
おお、グランマ!その優しい言葉が、
ジャックナイフより深く俺を貫いた事を知らぬだろう。
俺が振り返ったその時、
ドバッババアバババビビビビッビッビッボッッボブリブリ・・・!
闘う少年の、全てが終わった。
舐めた事抜かしてんじゃあねえぞ、ガキども!
絶望だとか、愛が足りないだとか!
自己破壊衝動ってのはな、人前でうんこ漏らしてから言えってんだ!
映画「恐怖の報酬」(イブ・モンタンのも、ロイ・シャイダーのも、どっちも最高ね)の怖さは、
まさしくあれだ!
泣きながら、自分でパンツとズボンを洗ったね。
あの時、まさか、その30年以上後に、同じ経験をするとは露とも知らず。
そやって、「うんこたれ」が最大の侮蔑語の意味たるを知ったのである。
一応、ランドセルは無事だった。
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